『大日本史料』 10編 18 天正元年9月~同年11月 p.100

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よは廣くなりぬとそよろこひける、微子去て殷のよ傾き、范増罪せられて、楚王滅ひ, け、主君に仕て善をすゝめ、不義を諫め、賢人をあけ、佞奸をしりそけぬれは、道治, れけれは、闇夜にともしひ消たる心地して、歎かぬものはなかりけり、されとも、近, 群臣口を噤み、萬人目を以す、平田之御遊彌増けれは、所々の城主・領主は云に及は, す、俸祿をうけ職を勤め、〓て人に名をしらるゝ程のものは、御きけん伺ひのため、, けるを、しらぬ事こそ悲しけれ、かゝりし後は、君惡を積共、臣敢て諫を獻せす、只, 日夜の境なく出仕をなし、或は人をまいらせ、捧物山を動しける程に、平田の繁昌は、, まり家とゝのをり、上下安堵之おもひをなし、偏三父母のことく也しに、宗三形せら, さる、むさんなりける次第也、惜いかな、其身勇氣有而智惠深く、禮讓厚く人をなつ, ぬしなき宿に異ならす、いまはしかりし分野也、痛はしや、康政卿の御臺所は、唯御, 習の若ものともは、宗三か賢人かほして、むつかしかりしに、今は遮るものもなし、, 出されんそ、早首召れ候へと、おしはたぬくかと思へは、下なる經帷子をあらはし、, 西に向て合掌す、康政腹にすへかね、腰之さし添するりと拔、首水もたまらす討おと, 中々に云計なき事とも也、されは中村はさひかへり、城門草深く庭上木之葉みちて、, 中村城ノ有, 樣, 天正元年九月十六日, 一〇〇

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  • 中村城ノ有

  • 天正元年九月十六日

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  • 一〇〇

注記 (18)

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