『大日本史料』 10編 25 天正2年10月~同年是歳 p.352

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助・拙者兩人へ如被仰候、兼日ケ樣之御法度相定候、彼盗參候處聊無御存知候儘、寺, 吉右衞門尉、又者・御老中之内衆五六人相添、福昌寺へ被遣候歟、我々は此御談合者不, 者老中衆なとへ被對候て、少放御遺恨無是候、只寺家之疵、覺不可然候間、御了簡不, 及由候也、從夫御老中衆又者我々通迄も、東堂さま之御跡をもとめ候て參候、漸々當, 前之御寺へ參候て、言語道斷慮外之儀申有へき由候て參候、然處、御僧兩人へ巨細被, 承候、然者、吉衞門尉こしぬきめしつれ候て、鎭守之前まて出候處こ、彼盗遁間敷と, 仰置、東堂樣者童子一人召烈、寺内を御發足候、其被仰置候意趣者、今朝伊地知雅樂, 衞門大夫殿御物語候、それより平田濃州へ御寄合中揃被成候て御談合には、御老中同, 堅承候間、直ニ申候、趣者、於御寺慮外之儀出來申候、言語道斷不及是非候、此等之, 内を追出候へと濫司へ度々被仰候處ニ、遲々候て、結句慮外之儀出來候、御上樣又, 町萩原と申處ニ南林寺留御申候、御老中衆皆々其許へ御座候て、伊右衞門兵衞尉殿, 拙者兩人にて、南林寺迄と候て御申候、福昌寺直之可聞召由候間、色々斟酌雖申候、, 存候哉、吉衞門尉を脇刀にて二刀指候、從夫吉衞門尉ぬき合せ、軈而射留候由、伊右, 趣、寄合中御寺へ祗候申、可申入覺悟候之處、與風寺寸家を御出被成候、然者仰置れ候, 山賊殺害セ, チ去ル, 守仲寺ヲ立, 二有リ, 守仲南林寺, ラル, 天正二年十二月十九日, 三五二

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  • 山賊殺害セ
  • チ去ル
  • 守仲寺ヲ立
  • 二有リ
  • 守仲南林寺
  • ラル

  • 天正二年十二月十九日

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  • 三五二

注記 (22)

  • 1031,731,64,2246助・拙者兩人へ如被仰候、兼日ケ樣之御法度相定候、彼盗參候處聊無御存知候儘、寺
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