『大日本史料』 10編 25 天正2年10月~同年是歳 p.353

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たゝ寺家之災難迄にて候、日本國中之覺を被思候て、御他國有まて候、各御用人之事, 之疵迷惑被思さ候、爰者他國をなされ候てこそ、若者覺に可成かとおほされ候間、如, へ被仰候、それより御他出こ相定候、寄合中は當所談儀所を頼可有に定候、伊右衞門, は何としても谷山あたりに留御申候する校量候、淨光明寺・河上上野守殿・桂常陸介, 成候へとも、無御承引、結句深々敷御思案共參候間、又伊右衞門兵衞尉殿・拙者兩人, 兵衞尉殿・拙者一番鳥ニ在所へ御かへし候、明旦大守樣へ此趣披露申候へ、福昌寺, 許迄御出、夜中よ申御辛勞之至、祝著之おほされ候、前之被仰候ことく、少〓御老中, 此候、早々寄合中者歸被成候て可然由、返事候也、それより色々南林寺を以懸引共被, に候間、一日もさやうの御分別は、還而御迷惑之由候也、其後も又、如此以使寄合中, にて御老中衆より御申候、東堂さま御尊意尤ニ奉存候、然者彼慮外之儀、老名敷者前, 之御越度なく候、呪や大守樣へ恨も無之候、只福昌寺の事も無隱所にて候に、寺家, 之事、分別可申迄候由候也、其返事之、從最前如被仰候、一向御老中之御科なく候、, より彼盗を乞請申候故に、ケ樣之事出來申候、必竟我々謬迄候、然者寄合中身上進退, 通委承候而、先々畏入候、乍重言、迷惑此上有間敷と存候通也、御返事ユ、御老中爰, 守仲薩摩ヲ, 離レントス, 天正二年十二月十九日, 三五三

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  • 守仲薩摩ヲ
  • 離レントス

  • 天正二年十二月十九日

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  • 三五三

注記 (18)

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