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日、其御使乙骨太郎左衞門仕候、其返事こは、氏直より人數よせられ候こ, 屋こ而落不申候故、小屋之おさへに大たうしを御置被成、氏直は御引被, より、城は惡敷御座候、其上無勢こ候之間、城を明三澤之小屋こ罷在候處, て、兩度之ちなみをもつて、七郎右衞門尉を頼而、二俣へおちかくれ而來る, を、七郎右衞門尉が此由を御意をうけはれば、信長へかくしておくだき由, こ、行衞之御状海山忝奉存候、迚之御事ニ御加勢可被下との御返事こ而, 事不罷成候間、迚之御事と御扶持方可被下との御返事こ御座候事、, 九郎を被仰付候而、同十二日と被遣候、則道案内太郎左衞門仕候、其時足, 成候、此よし三川七手衆御聞候へ而、足田小屋へ御状被遣候、頃は七月九, 田殿御返事こ、御加勢被下忝奉存候、乍去手前之者ともにさへ扶持仕候, 候、其時七手衆御談合ニ而、千人之御加勢被遣候、其時之物頭こは、柴田七, 郎右衞門尉に渡して、信濃へ行けるが、信濃もみだれて、早其儀もならずし, へ引籠り申候、其時氏直三澤之小屋迄、人數をよせられ候へとも、能き小, ゆいせうをもつて、田中の城をも大久保七郎右衞門にりたさんと申而、七, 〔三河物語〕三よだ右衞門尉は、二一伊之城を七郎右衞門尉に渡しける、其, 信蕃援軍, ヲ乞フ, ヲ攻ム, 氏直三澤, 天正十年七月十二日, 四五
頭注
- 信蕃援軍
- ヲ乞フ
- ヲ攻ム
- 氏直三澤
柱
- 天正十年七月十二日
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- 四五
注記 (21)
- 1599,709,63,2134日、其御使乙骨太郎左衞門仕候、其返事こは、氏直より人數よせられ候こ
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