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賀ス、, 移りはりつゝ、人乃心も何となふ靜かならす、世間の事さま物らはかし, も物ことに改り、〓う〳〵半日春の心地して、とやろくやとのゝしる内に、, う成て、上下安き事なかりし年も、夢の間にくれて、天正十一年元旦之祝義, 熟去し年うちの事共を思ふ, 羽柴秀吉、京都ヲ發シ、播磨姫路ニ之ク、尋デ、姫路ノ諸士、歳首ヲ秀吉ニ, しか、又夏は將軍御父子逆臣明智つために〓せられ給ひ、さま〳〵の事共, 午後より姫地へ下向し給ふへきとあれは、猶今年ハ忙しく有へき前表か, 諸國之大名小名連袂續踵、車馬門前成市、朝向禮者盡親愛、夕對近習説政道、, に、二月半、木曾乃深雪を凌き、信忠卿甲信兩國亂入し、武田勝頼父子を亡せ, 十二月廿九日、至山崎城、即於彼地有越季、從元日趣播州姫路、二日三日之間, 天下之工夫晝夜不遑、, 〔秀吉事記〕柴田退治, 〔太閤記〕五秀吉卿興柴田修理亮勝家及鉾楯起之事, 月四日ノ條ニ收ム, 十日ノ條、及ビ閏正, ○上略、秀吉、兵ヲ納メテ美濃ヨリ山崎ニ還ル, コトニカヽル、十年十二月二十日ノ條ニ收ム, 〇上下略、秀吉、長濱ニ柴田勝豐ヲ誘降スルコト及ビ, 北畠信雄、安土ニ抵ルコト等ニカヽル、十年十二月二, 秀吉山崎, ニ越年ス, 天正十一年正月一日, 三七六
割注
- 月四日ノ條ニ收ム
- 十日ノ條、及ビ閏正
- ○上略、秀吉、兵ヲ納メテ美濃ヨリ山崎ニ還ル
- コトニカヽル、十年十二月二十日ノ條ニ收ム
- 〇上下略、秀吉、長濱ニ柴田勝豐ヲ誘降スルコト及ビ
- 北畠信雄、安土ニ抵ルコト等ニカヽル、十年十二月二
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- 秀吉山崎
- ニ越年ス
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- 天正十一年正月一日
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- 三七六
注記 (24)
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