『大日本史料』 11編 3 天正10年12月 p.139

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一越前に被付置候目付罷歸、峠〳〵の雪はやぼもり, は、責て元日をは安くあらせ給ハん事なるに、是ハ急なる事なりと、つふや, せしより爾來、一日片時も休息の間なし、かく有ては、身も世もあられん物, 木を以て、城三りしし〳〵と時を不移御取立候、しづかだけには、則美濃, きとて、播磨を打立被成候、宇喜田八郎殿を初とし、一萬五千の人數を率, ろと、大あくひをし、年をこえんと、沐なとせし處へ、明る元旦飯後より、播州, 申候、馬なとのかよひき、中々不存も寄事に候と申來候、さらは時分きよ, し、はや播磨え被成御詰、それより隣國之大名小名、はや筑前守殿天下〓, きつゝ、其用意とせよかくせよとなり、, 相順ふ人々の云けるは、今年ハいろれる年にて有しやらむ、春至備中參陣, 姫地へ下向有へきの條、其用意油斷有へつらさる旨觸に々り、各承悔ける, 流なゝろ〓し、, 成、美濃殿き津の國、河内、丹波、山城之勢にて、しづかだけえ被差向、件之材, と不見付人々きなし、都合十二三ケ國打したかい候故、殊之外猛勢に罷, 〔川角太閤記〕, 天正十年十二月二十日, 〓ト和スルコト及ビ秀吉、播磨姫路, ○上下略、秀吉、勝家ノ提議ヲ容レテ, 條及ビ十一年正月一日ノ條ニ收ム, 二ノ, ニ之クコト等ニカヽル、十一月二日ノ, 二, 之, 下, 家等姫路, 羽柴長秀, 宇喜多秀, 賤嶽ニ向, ニ入ル, 一三九

割注

  • 〓ト和スルコト及ビ秀吉、播磨姫路
  • ○上下略、秀吉、勝家ノ提議ヲ容レテ
  • 條及ビ十一年正月一日ノ條ニ收ム
  • 二ノ
  • ニ之クコト等ニカヽル、十一月二日ノ

頭注

  • 家等姫路
  • 羽柴長秀
  • 宇喜多秀
  • 賤嶽ニ向
  • ニ入ル

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  • 一三九

注記 (30)

  • 1001,1235,63,1520一越前に被付置候目付罷歸、峠〳〵の雪はやぼもり
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