『大日本史料』 11編 3 天正10年12月 p.630

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尚々、よろのおもふさたに候、御心やすくあるへく候、以上、, 出雲守小笠原頼貞也、幸松秀政君也、此時自畿内赴三州岡崎、, 下廿人あまりうちとり候、則仁科へ、をの〳〵さしすろはし、道心、今井四郎, にもはんろいこし候へく候、此よしなりあい藤兵へ、いのすけ、其外いつ〓, 次郎兩人討取候、因幡守子息はかけをち候得共、定而たつ手出候へく候、其, 我等申分何も御同心候、幸松當月七日下著之儀、必定之由申來候、先々可被, さくやねの刻當城におゐて、古まや成敗候、逆心必定のまゝ如此候、以上上, 間、廿日比まては、はんかいこし申ましく候、仁科の仕置相すみ候はば、其内, 外意逆之者共成敗申付候、就之そこもと用心尚以肝要候、よろつ仕置申付, 右犬甘氏知家藏按、書内曰、赤澤事赤澤式部少輔也、苅屋原赤澤居城也、, 心安候、珍儀自是可申候、恐々謹言、, 「本書折紙御自筆」, 犬半左殿らる, 御判, 二月十二日, (朱書〕)「按天正十一癸未年也〓, 二月十二日貞慶御年, 貞慶御判, 守ヲ誘殺, リ三河ニ, 政京都ヨ, 小笠原秀, 古〓因幡, 下ル, ラントイ, 信濃ニ入, ス, 天正十一年二月十二日, 六三〇

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  • 守ヲ誘殺
  • リ三河ニ
  • 政京都ヨ
  • 小笠原秀
  • 古〓因幡
  • 下ル
  • ラントイ
  • 信濃ニ入

  • 天正十一年二月十二日

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  • 六三〇

注記 (29)

  • 875,705,63,1718尚々、よろのおもふさたに候、御心やすくあるへく候、以上、
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