『大日本史料』 11編 8 天正12年8月 p.402

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

に見へ候時、肥前隆信の家來成住十右衞門を先として、切て出申ニ付、敵, にて候間、子息に對面有度由申來と付、家永之子息四郎延實と申幼少こ, 得共、城中より釣塀を切落し、大石をなけ、矢を射懸防き申と付、寄手引色, 此定善ゟ十五代目迄は、猫尾之城方々より責候得共、落城不仕候、十六代, 肥前龍造寺隆信と入魂也、隆信より黒木へ使者を差越、萬事申合候ため, 山の座主良寛等聞付、黒木の寄手に合力可有由にて、天正十二年七月、黒, 目の末葉、黒木兵庫頭調家永之代に、豐後の屋形大友殿と中惡敷成候て、, 木へ相越、猫尾城を取卷、同八月まて戰候へとも、落城不仕候、然處に、黒木, へ、帝より調ノ字を氏に被下、并ニ待宵の小侍從と申女房を助能に被下, を豐州へ被差返候、就夫豐〓より志賀道春を大將こて、猫尾城を責申候, 候を、家頼の釜瀬大和を差添、肥前へ遣候、其後豐後屋形ゟ戸次宗利を黒, 大勢討ま引退き申候、重而攻可申手便無之通を、戸次道雪、高橋紹運、高良, 候、其時小侍從懷胎にて黒木へ下り、無程男子誕生、黒木四郎定善と申候、, 木殿へ入聟と遣、別心無之樣ことの儀と候へ共、黒木殿無承引、頓而宗利, 家來椿原式部と申もの心替いたし、同九月四日の夜、敵を城中へ引入申, 天正十二年九月一日, 調ノ姓ヲ, 名乘ル, 四〇二

頭注

  • 調ノ姓ヲ
  • 名乘ル

ノンブル

  • 四〇二

注記 (19)

  • 608,710,61,2102に見へ候時、肥前隆信の家來成住十右衞門を先として、切て出申ニ付、敵
  • 1200,707,59,2097にて候間、子息に對面有度由申來と付、家永之子息四郎延實と申幼少こ
  • 727,703,61,2113得共、城中より釣塀を切落し、大石をなけ、矢を射懸防き申と付、寄手引色
  • 1547,706,61,2108此定善ゟ十五代目迄は、猫尾之城方々より責候得共、落城不仕候、十六代
  • 1316,701,59,2109肥前龍造寺隆信と入魂也、隆信より黒木へ使者を差越、萬事申合候ため
  • 374,705,61,2112山の座主良寛等聞付、黒木の寄手に合力可有由にて、天正十二年七月、黒
  • 1435,707,60,2115目の末葉、黒木兵庫頭調家永之代に、豐後の屋形大友殿と中惡敷成候て、
  • 256,704,61,2107木へ相越、猫尾城を取卷、同八月まて戰候へとも、落城不仕候、然處に、黒木
  • 1782,718,61,2086へ、帝より調ノ字を氏に被下、并ニ待宵の小侍從と申女房を助能に被下
  • 844,703,62,2113を豐州へ被差返候、就夫豐〓より志賀道春を大將こて、猫尾城を責申候
  • 1082,700,61,2113候を、家頼の釜瀬大和を差添、肥前へ遣候、其後豐後屋形ゟ戸次宗利を黒
  • 490,704,60,2110大勢討ま引退き申候、重而攻可申手便無之通を、戸次道雪、高橋紹運、高良
  • 1664,703,61,2119候、其時小侍從懷胎にて黒木へ下り、無程男子誕生、黒木四郎定善と申候、
  • 962,703,62,2113木殿へ入聟と遣、別心無之樣ことの儀と候へ共、黒木殿無承引、頓而宗利
  • 143,715,61,2098家來椿原式部と申もの心替いたし、同九月四日の夜、敵を城中へ引入申
  • 1898,700,45,376天正十二年九月一日
  • 1817,281,38,156調ノ姓ヲ
  • 1771,281,40,110名乘ル
  • 1898,2403,43,116四〇二

類似アイテム