『大日本史料』 11編 7 天正12年4月 p.826

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と下知す、されともとりし乃さと城は、豐後勢をしか〓、のこるところなく, つ兵庫頭を御退治のため、豐後大野、直入、玖珠、日田四郡の諸勢を、筑後國猫, は、宗麟公御諚には、聊卒爾にぬ手つけのはたらきつかまつるへからす、各, ほまれある勇士にる、城中乃成敗よのつ〓にすくま、つはものをはいさめ、, かふたひことに、城中の勢をそくはく討捕、如此の樣躰豐後え注進申〓れ, うちやふりぬ、たかひにいてあひ、勝負を〓つする事八ケ度にをよふ、とノ, 珠、日向二郡の勢押よせ陳をとる、調氏黒木實久ときこしは、くつきやう乃, 堅固に相抱るによつて、すうなく落城さす、諸軍うちいたさは、城内より出, 尾、高牟禮乃城さしむかはる、大手口は志賀太郎親次、朽網三河守、搦手は玖, 秋、黒木兵庫頭實久、猫尾、高牟禮兩城をかまへ、宗麟公に對し、逆心乃企有、兵, は退治あるひは幕下に屬しる、年久しりと、然にそのゝ地天正十二年甲申乃, 中は少勢、九牛か一毛に、ととへたゝかひいふとも、雉經乃働をなすへし, 向ひ、鑓をあわせ、雌雄を決す、實久軍卒をいさめあいはく、豐後勢は多勢、城, 庫頭壹人か謀判に付と、かた〳〵乃城主野心乃きこえ有、これによつる、ま, 相談をもつて、万事はからふへし、急度御子息ちかもりを差つかははるへ, 大野直入, 四郡ノ勢, 玖珠日田, ヲ以テ黒, 實久叛ス, 木ヲ攻ム, 天正十二年七月二十日, 八二六

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  • 大野直入
  • 四郡ノ勢
  • 玖珠日田
  • ヲ以テ黒
  • 實久叛ス
  • 木ヲ攻ム

  • 天正十二年七月二十日

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  • 八二六

注記 (23)

  • 599,638,69,2208と下知す、されともとりし乃さと城は、豐後勢をしか〓、のこるところなく
  • 1432,650,67,2209つ兵庫頭を御退治のため、豐後大野、直入、玖珠、日田四郡の諸勢を、筑後國猫
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