『大日本史料』 11編 8 天正12年8月 p.267

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城をあつかり、國乃おさ〓に罷在故、某等もものゝかすには候は手とも、こ, に發心嶽と云城有、筑後國の住人草野鎭光これを持ち、永祿より此かた、宗, 宴乃席に似たり、我らは筑前の立花の城代仰付らるゝによつて、國をおさ, 麟の幕下に屬し、鎭の字をゆるされしかとも、此比野心あるよし聞ゆ、道雪, 駄のそへつけ、あかゝふなへ人足の間はめんつうならて、食用仕事なし、近, 年の窮窟をるすめ候とのあひさつ也、こゝに道雪乃家老三本鑓有、竹〓進, ほつれりとさたするも有、又道雪さしつは、一行あるたしと伸るも有、こゝ, めんため、朝夕ゑり乃柄を握り、苦勞のみなり、此たひの出陣にも、兵粮小荷, 出陣乃おりから、鎭光城に粮米をこめ〓るをきゝ付、をしよせて、その奉行, の〳〵辨當をかなへちそう有、道雪見て、かくの〓くとつかうの儀、花見遊, 士兵衞、京都五兵衞、四月一日左惣兵衞、此等三人もはあり出く申は、道雪一, 又はありあふものとも、數十人うちはてぬ、されとも城は歸陣にはからふ, へしとて、ねこ尾の城にをし來り、豐後乃勢にならへ〓陣をとり、その夜は, 幾所にも、いやましにかゝりをたかせ〓れは、諸勢おひたゝしうなりぬ、を, 〳〵に云やうは、此兩城をさしをきて、よは〳〵と引へきにあら〓、あんの, 後勢ノ傍, 二著シ豐, 籠ル, 本鑓, 道雪猫尾, 道雪ノ三, 發心嶽ニ, ニ陣ス, 草野鎭光, 天正十二年八月十九日, 二六七

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  • 後勢ノ傍
  • 二著シ豐
  • 籠ル
  • 本鑓
  • 道雪猫尾
  • 道雪ノ三
  • 發心嶽ニ
  • ニ陣ス
  • 草野鎭光

  • 天正十二年八月十九日

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  • 二六七

注記 (26)

  • 305,639,57,2167城をあつかり、國乃おさ〓に罷在故、某等もものゝかすには候は手とも、こ
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