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へたり、總督歸り來りて、嚴重に事件の調査を行ひしが、三、四日の間に上の都の主なる, ト、本月六日ノ條ニ見ユ、, 對して、彼等を宥し、その地位を回復せんことを請ひたり、, 共に留め置きたる部將來りて敵を發見し、その一部は抗戰中に殺し、その餘はこれを捕, ることを命じたり、數人死したる後、殘存者中に數人の富みたる者あり、多額の金銀を, 羽柴殿尾張の戰爭より歸りたる後、坂東地方の國王并に大身達は彼の味方となりたり、, ○秀吉、信雄、家康ト和ヲ講ジテ成ラザルコト、九月七日ノ條ニ、桑名表ニ出ルコ, 不在なりし爲め、全市動亂に陷れり、この時羽柴が都の地方三レグワの所にその兵士と, 蓋し彼が戰爭に於て成功せるを見て、これを友とすることを有利なりと考へたるが故な, 以て助命を請ひ、又内裏の太子に救を求めたり、太子は彼等の爲めに斡旋し、筑前殿に, 二街は住民を失ひたり、この報戰場に在りし羽柴殿に達せしが、彼は捕虜を餓死せしむ, 〔武家事紀〕, 〔參考〓, り、, 價集譜傳五羽柴秀吉、與北畠信雄會于矢田河原、而輸成, 天正十二年十一月十五日, 下略, ○上, 續集譜傳五, ○佐久間道徳、京都一條町ニ於テ事, ヲ謀ルコト、五月十一曰ノ條ニ見ユ、, 十, 坂東地方ノ, 國王等秀吉, ノ味方トナ, ル, 天正十二年十一月十五日, 一七三
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- 下略
- ○上
- 續集譜傳五
- ○佐久間道徳、京都一條町ニ於テ事
- ヲ謀ルコト、五月十一曰ノ條ニ見ユ、
- 十
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- 坂東地方ノ
- 國王等秀吉
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- ル
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- 天正十二年十一月十五日
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- 一七三
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