『大日本史料』 11編 17 天正13年7月 p.263

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來候へ共、仕形無殘所由にて、法度をも遁候、我等此時分の主人〓九〓、年廿四、, 同月二十四日城兵降參シテ城ヲ明渡ス、, 指物は鳥毛の棒にて候、, めさせ不申、其樣子は、敵横目に成申所へ、此方より割込、取かため有之ニ付て、終, ぬ事なから書付申候、, に出丸二つは自燒仕、本丸へつほませ申候、此しかたを仕候ニ付而、此方手負多く出, 〔渡邊水庵記〕, 〔天野文書〕, 右之仕形銘々所々にて度々、面々今以多御座候、於御不審は證人を爲引可申候、させ, 一、阿波國へ關白様御大將として被遣、木津之城仕寄を仕り、責申候内、白晝と竹たはを, 七、阿波一宮へ押詰候朝、我等事、法度を背鐵炮の者之中二ましり、出丸二ツはとりかた, 寛永十九年十一月, 申上覺, 寛永十九年十一月渡邊水庵, 村上次郎左衞門殿, 渡邊水庵, ○渡邊勘兵衞記・渡邊推, 庵遺像裏書異事ナシ。, 十二所收, 力ヽル、閏八月二十二日ノ條ニ收ム、, ○下略、播磨三木城ヲ與ヘラルヽコトニ, ○碩田叢史, ○出, 雲, 佐ノ臣稻次, 宮城攻ニ加, 臣渡邊了一, 羽柴秀勝ノ, 渡瀬左衞門, 宗雄, ハル, 天正十三年七月十九日, 二六三

割注

  • ○渡邊勘兵衞記・渡邊推
  • 庵遺像裏書異事ナシ。
  • 十二所收
  • 力ヽル、閏八月二十二日ノ條ニ收ム、
  • ○下略、播磨三木城ヲ與ヘラルヽコトニ
  • ○碩田叢史
  • ○出

頭注

  • 佐ノ臣稻次
  • 宮城攻ニ加
  • 臣渡邊了一
  • 羽柴秀勝ノ
  • 渡瀬左衞門
  • 宗雄
  • ハル

  • 天正十三年七月十九日

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  • 二六三

注記 (33)

  • 1240,729,90,2157來候へ共、仕形無殘所由にて、法度をも遁候、我等此時分の主人〓九〓、年廿四、
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