『大日本史料』 11編 24 天正13年12月~同年雑載 p.98

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門・乃美兵部・今田中務之は御馬を下さる、, 右之兩人を被添、其外送馬、下々まかなひ等まて被仰付、, 被進候、翌日大坂御越候、御送馬等迄被仰付、爲御迎、大名・小名・御馬廻衆住吉邊, 廿五日、兩川御暇被下、寒風之時分海上心もとなし、陸地を下可然被思召之由被仰出、, 儀なれは、出陣本懷に叶へしと命し給ふ、兩川畏存するよし被申、, 走也、此時も兩川之臣今田・井上を被召出、秀次朝臣より御馬を被下、其後秀吉公、, 御宿ハ賢法寺、元長公御宿玉連寺、然處二爲御上使黒田官兵衞殿・蜂須賀彦右衞門殿, 一、同天正十二年之冬、關白樣工爲御一禮、吉川殿・小早川殿泉州至境津御上着、隆景公, 來年九州を征伐すへし、隆景・元長は先陣に頼也、元春は隱居たりといへとも功者之, 兩川大坂滯留中蜂須賀彦右衞門・黒田官兵衞を旅館に付置せらる、歸國之時兄部川迄、, 廿四日、羽柴少將殿へ、兩川を饗應せらる、秀吉も渡御し給ふ、御能被仰付、終日御馳, 上等も公命に依て相從ふ、天守に於て卷物其外品々之物惠みたまふ、其後井上又右衞, 御出候、於大坂石山御對面、其後六帖敷之御座敷、柱・戸・塀其外諸道具迄金ヲのへ, 〔佐々部一齋留書〕, 天正十三年十二月二十一日, ○長門, 天正十三年十二月二十一日, 九八

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  • ○長門

  • 天正十三年十二月二十一日

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  • 九八

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