『大日本史料』 12編 1 慶長八年二月~同九年二月 p.206

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さと地頭の身上、直目安を以申上儀、御停止事, 度七條ヲ頒ツ、, 一めんあひの事、近所の取を以可相計候事, 方に成共可居住事, 一年貢未進等有之者、鄰郷の取を以、於奉行所、互之出入令勘定、相濟候上、何, 幕府、農民ノ逃散シ、其地頭ヲ彈刻シ、又ハ直訴状ヲ上ツル等ニ關スル法, 一地頭之儀申上事、其郷中を立退へき覺悟を相定、可申上、さもなくして、む, 而は、たとひ其主より相屆候とも、みたりに不可返付事, 一御領所、并私領之百姓事、其代官、其領主、非分有によつて、所を立のき候付, 附、年貢高下之儀、直に目安を上事、曲事に思召事, 拜領黄金卷物羽二重等, 總別目安事、直に差上申儀、堅御法度也、但、人質をとられ、せんかたなきに, 〔惠照山歴代編年略記〕慶長八癸卯三月、家康公將軍宣下、法雲登城御對顏、, 定, 〔御制法〕ニ, 什物帳載之、〇惠照山, ハ、京都ノ淨福寺ナリ、, めんあひ, 刻スルコ, 地頭ヲ彈, 直目安ノ, 百姓ノ逃, 禁, 散, ト, 慶長八年三月二十七日, 二〇六

割注

  • 什物帳載之、〇惠照山
  • ハ、京都ノ淨福寺ナリ、

頭注

  • めんあひ
  • 刻スルコ
  • 地頭ヲ彈
  • 直目安ノ
  • 百姓ノ逃

  • 慶長八年三月二十七日

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  • 二〇六

注記 (27)

  • 498,716,62,1360さと地頭の身上、直目安を以申上儀、御停止事
  • 1425,558,75,458度七條ヲ頒ツ、
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