『大日本史料』 12編 1 慶長八年二月~同九年二月 p.399

Loading…

要素

割注ノンブル

OCR テキスト

一對被返下、, 〔參考〕, 方ハ則御返給、新内侍ノハ昨日ヨリ遣、, 御方ヘ御太刀進上, ○御湯殿上日記ヲ檢スルニ、永祿十一年以後、御馬進獻ノコト所見ナ, 馬を進らせらる, ヨリ、御祝著ノ旨以綾承、又煩ヲ御尋也、, 二日、晴、昨日御徳日之故、禁中ヨリ御太刀今日返給之、次女院ヨリ一束ニ錫, 八月一日乙酉、雨天、御所御禮、御太刀如例、御徳日ニテ、御返ハ明日ト、親王御, 一日、天晴陰、御所昨日御返御太刀給、, 〔後水尾院當時年中行事〕八月朔日、んふは御たのむとて、各おもひ〳〵の, ク、是年ニ至リテ再ビ見ユ、爾後恆例トナレルナラン, 進上、次親王, 〔慶長日件録〕一八月一日乙酉、雨降、早々禁中ヘ、御太刀, 則被返下了、次女院ヘ杉原一束進上、, 八月小、一日乙酉、當日の賀儀として、禁裏へ太刀, 〔朝野舊聞哀稿, 覆輪, 金覆, 〓古〓爭の煩、駒牽の事絶たれとも、尚室町の季世まては, 同金, を興させられしなるへし、太刀折紙は〓の御進物なるへし, 〓馬を〓するの事見えたり、織田豐臣の治世に及ひて、其事, 所見なし、ことし將軍宣下の後、御馬を進獻ありしは、廢せし, 輪, 十九, 四百九, 慶長八年八月一日, 三九九

割注

  • 覆輪
  • 金覆
  • 〓古〓爭の煩、駒牽の事絶たれとも、尚室町の季世まては
  • 同金
  • を興させられしなるへし、太刀折紙は〓の御進物なるへし
  • 〓馬を〓するの事見えたり、織田豐臣の治世に及ひて、其事
  • 所見なし、ことし將軍宣下の後、御馬を進獻ありしは、廢せし
  • 十九
  • 四百九

  • 慶長八年八月一日

ノンブル

  • 三九九

注記 (29)

  • 1116,643,55,331一對被返下、
  • 400,792,78,209〔參考〕
  • 1694,628,62,1150方ハ則御返給、新内侍ノハ昨日ヨリ遣、
  • 1347,623,61,564御方ヘ御太刀進上
  • 623,760,79,2071○御湯殿上日記ヲ檢スルニ、永祿十一年以後、御馬進獻ノコト所見ナ
  • 881,618,53,490馬を進らせらる
  • 1928,645,63,1134ヨリ、御祝著ノ旨以綾承、又煩ヲ御尋也、
  • 1207,620,80,2234二日、晴、昨日御徳日之故、禁中ヨリ御太刀今日返給之、次女院ヨリ一束ニ錫
  • 1791,626,82,2225八月一日乙酉、雨天、御所御禮、御太刀如例、御徳日ニテ、御返ハ明日ト、親王御
  • 1577,638,63,1064一日、天晴陰、御所昨日御返御太刀給、
  • 271,565,95,2270〔後水尾院當時年中行事〕八月朔日、んふは御たのむとて、各おもひ〳〵の
  • 522,770,61,1565ク、是年ニ至リテ再ビ見ユ、爾後恆例トナレルナラン
  • 1442,2503,55,338進上、次親王
  • 1446,571,102,1781〔慶長日件録〕一八月一日乙酉、雨降、早々禁中ヘ、御太刀
  • 1332,1345,65,1076則被返下了、次女院ヘ杉原一束進上、
  • 974,1419,72,1433八月小、一日乙酉、當日の賀儀として、禁裏へ太刀
  • 977,578,98,492〔朝野舊聞哀稿
  • 1330,1207,42,116覆輪
  • 1476,2369,43,110金覆
  • 889,1129,55,1710〓古〓爭の煩、駒牽の事絶たれとも、尚室町の季世まては
  • 1377,1208,37,115同金
  • 734,625,54,1771を興させられしなるへし、太刀折紙は〓の御進物なるへし
  • 843,1073,56,1759〓馬を〓するの事見えたり、織田豐臣の治世に及ひて、其事
  • 778,627,56,1767所見なし、ことし將軍宣下の後、御馬を進獻ありしは、廢せし
  • 1433,2364,40,41
  • 979,1133,38,109十九
  • 1025,1133,38,183四百九
  • 188,683,44,344慶長八年八月一日
  • 172,2418,46,129三九九

類似アイテム