『大日本史料』 12編 1 慶長八年二月~同九年二月 p.782

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て御船を預る、, 地方大久保山城銀山宗岡佐渡, 佐州へ迴す、二艘共櫓數八十挺立にて、御船號を新宮丸、小鷹丸と云、定下番, 佐州の御船二艘、紀州におゐて造作せしめ、辻將監、加藤和泉に御預となり, 大久保長安より、普請の役人水田與左衞門へ遣す所の文面左の如し, 〔佐渡年代記〕一慶長八癸卯年、, 相川の内、字半田清水か窪と云田地を、持主山崎宗清と云ものより、價の金, 六十人、水主百六十人御抱となる、辻將監、加藤和泉か子孫、永く佐州に在り, し、陣屋を始、それ〳〵に構を立たり、銀山猶々盛たれは、銀山の掟を定め、由, 大久保石, 子五百兩にて買取りて、陣屋を築く、來春に至りて成就すとみへたり、其頃, 緒有牢人を他國ゟ招き抱之、其々の役人となしぬ、是當國役人之根元なり, 又石州家來之内、地方、銀山と分け、兼役を被申付ける、, 小宮山式部等を遣す、山城、式, 見守目代として、大久保山城、宗岡佐渡, 部は地方を預り、佐渡は金銀山の事を沙汰すと云、, 〓うらのすゝみやの手つかいもよき樣に可致候、くはしくは、山城所へ申, 月十日ノ條二收ム、, ○下略、慶長九年八, 初名、彌, 中略、佐渡代官處罰ノ事ニ係, 七月五日ノ條ニ收メタリ, 右衞門, 長安ノ目, 佐渡ノ官, 船, 建築ノ註, 長安邸字, 代, 文, 慶長八年是歳, 七八二

割注

  • 月十日ノ條二收ム、
  • ○下略、慶長九年八
  • 初名、彌
  • 中略、佐渡代官處罰ノ事ニ係
  • 七月五日ノ條ニ收メタリ
  • 右衞門

頭注

  • 長安ノ目
  • 佐渡ノ官
  • 建築ノ註
  • 長安邸字

  • 慶長八年是歳

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  • 七八二

注記 (32)

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