『大日本史料』 12編 1 慶長八年二月~同九年二月 p.794

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り被申候, 語りなされ候, られ、兵部少輔殿城外へ御出候時分に、御覺も御座あるへく候、只今まてそ, 人出合、盜人を追かけ出候とき、直孝は裏口の方より、山へあかり候道、主御, たて申候間、則さし上候とて、直孝を兵部少輔殿へ渡し、御母儀は笠間へ歸, 被遣候よし、主御物語にて候, 來御所持の再拜を、右近大夫殿、又家老共にも御かくしなされ候て、直孝へ, 直孝十一歳の年の暮に、御住居被申莊屋のところへ、盜人入申候、内より人, 一人にて追懸なされ候へは、さきへ盜人一人、山へ登りにけ候を、跡より追, そたて申候樣にと御申付候故、彼者養育いたしそたて申候、, 直孝十二歳の暮程に、兵部少輔殿、直孝を潛に御よひなされ、兵部少輔殿年, 兵部少輔殿は、直孝公を、箕輪近所の莊屋のよろしきものに御預け、此子を, 付、高股を一刀切付、盜人切留候と御よひ候へは、人々寄合、からめ候よし御, 直孝十三歳の春、兵部少輔殿御死去のよし承り候、, 直孝十六歳のとしより、台徳院樣へ御奉公被申候、其時分より、毎朝主の御, 直孝ノ智, 勇, 慶長八年是歳, 七九四

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  • 直孝ノ智

  • 慶長八年是歳

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  • 七九四

注記 (19)

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  • 744,677,57,420語りなされ候
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