『大日本史料』 12編 1 慶長八年二月~同九年二月 p.979

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

國の郡代となる、そのゝち、東照宮高野山にまうてたまふのとき、路次の, こはとを沙汰せしにより、懇の仰をかうふり、のち秀長卒し、其養子秀俊も, 世を早うせしかは、再ひ太閤につかへ、大和國葛下、和泉國日根兩郡のう, 葛上、宇知二郡のうちにをいて、三千石をあたへられ、大和、和泉、紀伊三箇, ちにをいて、二千石の地をくはへられ、すへて五千石を領す、慶長五年、東, 照宮上杉景勝を征したまふのとき供奉し、下野國小山にいたる、これよ, 家に屬し、のち豐臣太閤につかへ、大和大納言秀長に附屬せられ、大和國, 正次母は淺井新兵衞某か女、天文九年、小堀邑〕, に生る、はしめ淺井, 宗榮, 女子, 正春, 正長, 慶長九年二月二十九日, 松平武藏守か家臣となる、, 助兵衞、母ハ政一におなし、, 淺野但馬守か家臣となる、, 殿邦明か祖、母は横濱氏, 宗右衞門、母は政一におなし、, 左馬助、仁右衞門、小堀縫, 兵衞某か妻、母ハ某氏, 淺野但馬守家臣田中治, ○近江, 坂田郡, 次左衞門、小堀内記政徳, 作助、(政徳か呈譜佐助、), 伊東掃部某か, か祖、母は上におなし, 遠江守、從五位下、, 妻、母ハ某氏, ノ事蹟, 小堀正次, 九七九

割注

  • 松平武藏守か家臣となる、
  • 助兵衞、母ハ政一におなし、
  • 淺野但馬守か家臣となる、
  • 殿邦明か祖、母は横濱氏
  • 宗右衞門、母は政一におなし、
  • 左馬助、仁右衞門、小堀縫
  • 兵衞某か妻、母ハ某氏
  • 淺野但馬守家臣田中治
  • ○近江
  • 坂田郡
  • 次左衞門、小堀内記政徳
  • 作助、(政徳か呈譜佐助、)
  • 伊東掃部某か
  • か祖、母は上におなし
  • 遠江守、從五位下、
  • 妻、母ハ某氏

頭注

  • ノ事蹟
  • 小堀正次

ノンブル

  • 九七九

注記 (33)

  • 757,721,65,2135國の郡代となる、そのゝち、東照宮高野山にまうてたまふのとき、路次の
  • 639,724,66,2137こはとを沙汰せしにより、懇の仰をかうふり、のち秀長卒し、其養子秀俊も
  • 526,716,63,2146世を早うせしかは、再ひ太閤につかへ、大和國葛下、和泉國日根兩郡のう
  • 873,716,67,2149葛上、宇知二郡のうちにをいて、三千石をあたへられ、大和、和泉、紀伊三箇
  • 408,719,63,2142ちにをいて、二千石の地をくはへられ、すへて五千石を領す、慶長五年、東
  • 293,716,61,2137照宮上杉景勝を征したまふのとき供奉し、下野國小山にいたる、これよ
  • 991,711,66,2153家に屬し、のち豐臣太閤につかへ、大和大納言秀長に附屬せられ、大和國
  • 1110,643,65,1431正次母は淺井新兵衞某か女、天文九年、小堀邑〕
  • 1105,2310,57,555に生る、はしめ淺井
  • 1238,645,54,128宗榮
  • 1590,646,60,128女子
  • 1359,638,53,137正春
  • 1474,646,56,127正長
  • 192,712,45,428慶長九年二月二十九日
  • 1219,797,46,776松平武藏守か家臣となる、
  • 1264,801,46,769助兵衞、母ハ政一におなし、
  • 1459,797,41,774淺野但馬守か家臣となる、
  • 1336,798,45,694殿邦明か祖、母は横濱氏
  • 1503,794,45,848宗右衞門、母は政一におなし、
  • 1380,798,49,694左馬助、仁右衞門、小堀縫
  • 1576,803,44,620兵衞某か妻、母ハ某氏
  • 1620,803,45,685淺野但馬守家臣田中治
  • 1141,2103,39,175○近江
  • 1096,2096,41,189坂田郡
  • 1736,799,45,693次左衞門、小堀内記政徳
  • 1854,805,45,644作助、(政徳か呈譜佐助、)
  • 1973,800,43,398伊東掃部某か
  • 1695,806,42,608か祖、母は上におなし
  • 1811,802,43,487遠江守、從五位下、
  • 1928,801,45,334妻、母ハ某氏
  • 1108,280,42,123ノ事蹟
  • 1152,277,45,171小堀正次
  • 186,2443,45,129九七九

類似アイテム