『大日本史料』 10編 5 元亀元年10月~2年2月 p.1003

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せけりしかは、小原肥前守資良かはりらひにて、家廣等の質を吉田城よ, 有て、氏眞と矛楯に及ひたまひけ〓は、家廣諸士とおなしく質をすてゝ, 河國吉田城にとゝめをけり、義元うち死のゝち、東照宮、織田右府と和議, 忠義を勵し、今川家より味方に加はなへしと相かたらふといへとも、肯, れは、家廣も末男左近某をして質たらしめしに、義元これを駿府及ひ三, 河國乃諸士を指揮せしかは、御家人の輩各その妻子を出して質としけ, 家廣母ぬ某氏、東照宮御幼年にして、今川義元か許に寓居し給ひ、義元三, はしめ今川義元かもとに質となり、のち井尾濱にをいて、小原肥前守資, 元龜二年二月二十九日, -, 一一, 1, 女子千賀孫兵衞某か妻、, 女子鳥居彦右衞門元忠か室、, 女子小笠原孫三郎某か妻、, 新助、左京進、, 勘右衞門、, 女子石川伯耆守數正か室、, 某左近、, 家房, 一〇〇三

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  • 女子千賀孫兵衞某か妻、
  • 女子鳥居彦右衞門元忠か室、
  • 女子小笠原孫三郎某か妻、
  • 新助、左京進、
  • 勘右衞門、
  • 女子石川伯耆守數正か室、
  • 某左近、
  • 家房

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  • 一〇〇三

注記 (21)

  • 254,745,66,2112せけりしかは、小原肥前守資良かはりらひにて、家廣等の質を吉田城よ
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