『大日本史料』 12編 2 慶長九年三月~同十年二月 p.423

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收ス、, いくわう院しこう、十てう御あふき下さるゝ, る、いつものことく、くろとにて御せんほうあり、く御らる, 廿四日、晴、於般舟院御經供養有之云々、導師, 之役不勤之乎、右中辨同心也、仍明日祭主向般舟院云々、, 八月廿四日、はるゝ、たけのうち殿なる、いつもの〓く、くろとにて御せんほ, 五月廿四日、はるゝ、竹内殿なる、く御らるくろとにて御せんほう有、, 養、布施取可令參勤云々、此中腹中相煩得驗、雖致參番、長座如何之間、相理之, 二月廿四日、はるゝしやうこ院殿、たけのうち殿な, 布施取ニ不可參勤之所存雖有之、以道理勅定之間、各參勤也、然上ニ、何寺院, うあり、く御らる、, 〇二十四日御忌日ノ懺法ノコト、二月以下ニ散見スルモノハ、左ニ合, 處、次ヘ可相觸云々、仍予不參、午刻右中辨來談云、祭主神職之間、寺院之役儀, 不可相勤之由申之云々、予云、先年御〓法講之時、吉田左兵佐以下神職之衆、, 〔慶長日件録〕一七月廿三日、晴、右中辨より、明日於般舟三味院、有御經供, 〔御湯殿上日記), 〔御湯殿上日記〕〓十二月廿四日、はるゝ、しやうこ院殿、たけのうち殿な, ○以下, 缺文, 六十, 二, 神職二テ, キヤ否ヤ, ヲ勤ムベ, 寺院ノ役, ノコト, 慶長九年七月二十四日, 四二三

割注

  • ○以下
  • 缺文
  • 六十

頭注

  • 神職二テ
  • キヤ否ヤ
  • ヲ勤ムベ
  • 寺院ノ役
  • ノコト

  • 慶長九年七月二十四日

ノンブル

  • 四二三

注記 (28)

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