『大日本史料』 12編 2 慶長九年三月~同十年二月 p.605

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みなしこうあり、あさく御、ひるおりにて、くもしらる、はてゝく御らる、, 韵和漢ニ同、但式部卿宮無御參、秉燭之後各退出、於申口有御盃、, 當之御局より被持遣、及晩有返札、, 六日、雨ふる、このほとの御くわいしとも、なをさせられ候とて、御人數みな, 二日、晴、雖當番令相轉畢、次明日より御千句御會也、予、鷲尾兩人執筆被仰出, 可有御沙汰云々、仍南禪寺語心院冲長老、歸雲院五西堂、正因庵洪西堂、牧護, 五日、はるゝ、けふはよあけてはしまる、あさ御かゆ、あさく御らる、ひるおり, 予門、即請入、待曙天令同途參内、今日御千句一巡共相巡畢、御人數先日三百, 九月朔寅、今日和漢千句御發句定也、仍過日不二庵藤長老、丑刻許出京、被扣, もしらる夕かたく御、よなかちふんに、く御らる、はてゝくもしらる、, にてくもしらる夕かたく御らる、はてゝ御ゆつけにてくもしらる、, 廿四日、晴、早々勾當御局へ可參之由被仰下、即令伺候之處、就御千句儀、南禪, 庵傳西堂、以上四人可伺候之由、書状可遣之旨被仰下、即於御前書状相認、勾, 寺へ書状可遣之由仰也、巨細書状難述之故、即立越語心院へ申渡畢、, 〔慶長日件録〕一閏八月廿二日、晴、參番、參御前、來月上旬之頃、和漢御千句, 和漢千句, 二召サレ, タル僧衆, 慶長九年九月三日, 六〇五

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  • 和漢千句
  • 二召サレ
  • タル僧衆

  • 慶長九年九月三日

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  • 六〇五

注記 (20)

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