『大日本史料』 12編 2 慶長九年三月~同十年二月 p.709

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御せんらる、御しやうはん、めうほう院殿、大かく寺殿なり、ない〳〵のおと, 二十日, 不殘被召之、於勾當局各有振舞、愚也、阿野、四辻少將、被召御前候之、入夜退出、, 參之由〓文有之、乍父子加奉了、但今夜別殿行幸也云々、, 廿一日、はるゝ、みてのへちてんにて、なかはし御ふるまいあり、くろとにて, こたちのこらすしこう、おとこたちは、なかはしにてく御らる、めてたし, 廿一日丁酉、天晴、長橋殿、昨夕別殿行幸珍重トテ、各堂上被參了、御振舞也、内, 十一月廿日、はるゝ、ゆきふる、へちてんにならしま, 藏頭參了、申刻退出了、予所勞不參了、乍去、兩種一荷進之、, 十一月廿日丙申、天晴、長橋殿、明日御ミテ別殿行幸、各可, 御らる、はてゝ御てんたいの物にてくもしらる、, 十一月十九日、天晴、禁中和歌御會百首在之由也、可尋之、, す、いつものことく三こんらる、, 慶長日件録〕十一月廿一日、晴、參内、今日勾當局ヘ御別殿也、仍内々衆, 別殿ニ幸シ給フ、, 〳〵、, 〔御湯殿上日記〕, 〔言經卿記〕, 時慶卿記〕, 六十, 丙, 申, 二十, 三十, 申丙, 二, 殿行幸, 御ミテ別, ちてん, とてノへ, 慶長九年十一月二十日, 七〇九

割注

  • 六十
  • 二十
  • 三十
  • 申丙

頭注

  • 殿行幸
  • 御ミテ別
  • ちてん
  • とてノへ

図版

  • 慶長九年十一月二十日

  • 七〇九

注記 (32)

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