『大日本史料』 12編 2 慶長九年三月~同十年二月 p.869

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封内ノ諸社寺ニ納ム、, 〔參考〕, ケ樣の金山見立、そくばくの御奉公仕共、差たる賞にも不預けれは、免も角, も、此度十藏か果けるも、偏に君の御短慮ゆへ、十六七の童子に、討手を被仰, 新刀辨疑〕二上之中作列, 綱廣相州住綱廣は、地鐵さらりとして潤ひ有、鈍匂深く、廣直刃、灣も有、數, 迚我儘の行跡すると、其根元を察するに、數度の戰功勵とも功もなし、其後, 冶を呼下し、大小三百餘腰打せらる、, 得たり, 陸奧堀越城主津輕爲信、相模ノ刀工綱廣ヲ招キテ、刀劒ヲ作ラシメ、之ヲ, 付故也とて、深く奉恨ぬ、誠に思慮の程こそつたなけれ、是勇も血氣とぞ聞, 相州住人伊勢の大〓源綱廣と云名譽の刀鍛, 下作之云々、慶長十一丙午年六月吉日、三百腰之内云々とあり、, 當地にて打たる綱廣の作を見るに、津輕爲信、相州綱廣呼, 〔津輕舊記)〕三是歳、, 事ナ, ), 即當地の靈社靈, 山へ奉納せらる、, ○十左衞門ハ、慶長十九年大坂ニ籠城シ, 後、捕へラレテ刑セラルル事、其本條アリ、, 輕一統志異, 三ケ年にして其業終り、同十一年歸國, 津輕記、〇津, 之節、黄金三十枚、御馬一疋下されける、, ○慶長, 慶長, 以來, 九年, 綱廣ノ作, 刀工綱廣, 品, 慶長九年是歳, 八六九

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  • 即當地の靈社靈
  • 山へ奉納せらる、
  • ○十左衞門ハ、慶長十九年大坂ニ籠城シ
  • 後、捕へラレテ刑セラルル事、其本條アリ、
  • 輕一統志異
  • 三ケ年にして其業終り、同十一年歸國
  • 津輕記、〇津
  • 之節、黄金三十枚、御馬一疋下されける、
  • ○慶長
  • 慶長
  • 以來
  • 九年

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  • 綱廣ノ作
  • 刀工綱廣

  • 慶長九年是歳

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  • 八六九

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