Loading…
要素
割注頭注ノンブル
OCR テキスト
晴員、實は細川刑部少輔元有か二男、母は三淵伊賀守晴貞か女にして、舅加, 賀守晴恆か養子となる、三淵の祖大和守持清は、鹿苑院義滿の庶子なり、勝, 細川播磨守元常か養子, 〔參考〕, 慶長二年丁酉九月廿八日賜帖、同十一月十九日入寺、同十年乙巳七月廿四, 三淵の先祖は、將軍尊氏の落胤なりといひ、いま正廣かたてまつれる譜に、, 日示寂、悟心院、, 定院義持につかへ、諱字をあたへられて、持清と稱し、引付頭人に列し、山城, 出家して、京師南禪寺の悟心院の住職となる、, 釋門に入、京師紫野大徳寺の住職たり、, 長岡を稱す、, 某, 三淵寛永細川の系圖、藤孝か譜末に、家傳を引て、, 國三淵を領せしより、三淵と稱すといふ、, 〔寛政重修諸家譜〕, 〔寛政重修諸家謂〕垣三淵寛永細川の系圖、藤孝の譜末に、家傳を引て、, 萬松院義晴より諱字をあたへられて、晴員と稱すといふ、, 伊賀守、今の呈譜に、掃部頭、伊賀守、大和守、入道號宗薫に作り、, 萬吉、與一郎, 兵部大輔、, 號梅, 七百, 號玉, 顯家, 或藤英、, 大和守, 守, 甫, 元冲ノ祖, 三淵氏ヲ, 稱ス, 先, 慶長十年七月二十四日, 三九五
割注
- 萬松院義晴より諱字をあたへられて、晴員と稱すといふ、
- 伊賀守、今の呈譜に、掃部頭、伊賀守、大和守、入道號宗薫に作り、
- 萬吉、與一郎
- 兵部大輔、
- 號梅
- 七百
- 號玉
- 顯家
- 或藤英、
- 大和守
- 守
- 甫
頭注
- 元冲ノ祖
- 三淵氏ヲ
- 稱ス
- 先
柱
- 慶長十年七月二十四日
ノンブル
- 三九五
注記 (34)
- 1316,626,63,2220晴員、實は細川刑部少輔元有か二男、母は三淵伊賀守晴貞か女にして、舅加
- 1200,624,62,2222賀守晴恆か養子となる、三淵の祖大和守持清は、鹿苑院義滿の庶子なり、勝
- 614,1208,59,709細川播磨守元常か養子
- 1668,811,75,207〔參考〕
- 1909,624,61,2217慶長二年丁酉九月廿八日賜帖、同十一月十九日入寺、同十年乙巳七月廿四
- 1439,631,58,2223三淵の先祖は、將軍尊氏の落胤なりといひ、いま正廣かたてまつれる譜に、
- 1795,631,57,424日示寂、悟心院、
- 1083,623,61,2221定院義持につかへ、諱字をあたへられて、持清と稱し、引付頭人に列し、山城
- 381,991,56,1358出家して、京師南禪寺の悟心院の住職となる、
- 498,988,58,1148釋門に入、京師紫野大徳寺の住職たり、
- 266,989,53,353長岡を稱す、
- 851,624,55,62某
- 1555,1348,57,1507三淵寛永細川の系圖、藤孝か譜末に、家傳を引て、
- 969,626,57,1219國三淵を領せしより、三淵と稱すといふ、
- 1534,589,105,579〔寛政重修諸家譜〕
- 1534,591,106,2278〔寛政重修諸家謂〕垣三淵寛永細川の系圖、藤孝の譜末に、家傳を引て、
- 826,694,46,1738萬松院義晴より諱字をあたへられて、晴員と稱すといふ、
- 886,702,47,1788伊賀守、今の呈譜に、掃部頭、伊賀守、大和守、入道號宗薫に作り、
- 648,774,43,344萬吉、與一郎
- 601,778,47,272兵部大輔、
- 412,776,44,115號梅
- 1556,1213,71,41七百
- 530,777,44,113號玉
- 735,621,56,130顯家
- 763,777,43,200或藤英、
- 718,777,44,193大和守
- 250,775,42,43守
- 486,777,41,41甫
- 1590,263,43,170元冲ノ祖
- 1006,264,41,163三淵氏ヲ
- 962,259,42,77稱ス
- 1544,261,43,42先
- 161,697,48,431慶長十年七月二十四日
- 159,2425,46,126三九五







