『大日本史料』 12編 3 慶長十年三月~同十一年三月 p.505

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疵有之也、, く二ッに開く、是甲からみにて無之故、御討捨に被成候也, もなく走るに付、御不審に被思召之處、六七間も過行倒れ、頭は鉢卷のごと, を燒、皮を去り、未用沓に載、五藤吉藏爲重捧之申所、一豐公被仰は、志は過分, 中國御陣、所は不知、勇士と鎗を御合せ、一豐公左の御膝先き、敵の鎗にて〓, の生大根を引燒給へ、腹中あたゝまり快に付、殿樣へも奉らんとて、能大根, 中國於御軍場、畠中に明俵を被爲敷、寒夜を御明しの節、諸士肌凍して、其邊, 御拂、御祕藏之大栗毛の御馬、耳さき掛て敵の頭手こたへし中る、ひるむ體, 御旨に而、不被召上候也, 公敵か味方かと御詞を被掛所に、不及返答故、御馬上より兼常の御刀を以, に候へ共、燒申大根を給候へは、息の匂ひ惡敷候に付、秀吉公御身近へ難出, 中國御陣の時、一揆楯籠城攻之時、一豐公縱一行に人數を御立被戌、秀吉公, 以之外御立腹、城中ゟ之鐵炮に恐れ如此かと、御旗指一兩輩打擲被仰付、三, 拔、直に引取處を、其儘御仕付御高名、右之鎗疵御痛なく御平愈、御老年迄御, 中國御陣之節、戰場野山之岨、御通之節、山上ゟ陸武者一人向ひ來に付、一曹, 秀吉一曹, 一豐ノ武, ヲ信任ス, 中國陣ニ, 勇, 於ケル働, 豐ノ謹, 直, 〓, 慶長十年九月二十日, 五〇五

頭注

  • 秀吉一曹
  • 一豐ノ武
  • ヲ信任ス
  • 中國陣ニ
  • 於ケル働
  • 豐ノ謹

  • 慶長十年九月二十日

ノンブル

  • 五〇五

注記 (26)

  • 470,650,55,281疵有之也、
  • 1410,655,55,1715く二ッに開く、是甲からみにて無之故、御討捨に被成候也
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