『大日本史料』 12編 3 慶長十年三月~同十一年三月 p.856

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リ、參看スベシ、, 〔參考〕, に廩米五千俵をたまふ, 以テ城ヲ築ク, たるのところ、駿河國久能城は要害の地たるにより、これを守るへきのむ, ね仰をかうふる、十二年、この地に成せたまふのとき、懇の御読ありて、かり, られ、事あるのゝち、處士となり、弟榊原康政か所領上野國館林に閑居す、慶, 長十一年十二月、東照宮武藏國忍に放鷹あるのとき、めされてかの地にい, ○清政卒シ、子照久繼ギテ城代トナルコト、十二年十月十日ニ其條ア, 根古屋久能山當山ハ、上古ハ有度山ト稱シ、久, 能寺觀音ノ靈場ナリシカ、永祿年中、寺ヲ同郡村松ニ移シ、武田信玄ノ命ヲ, 〔駿河志料〕, 玄ノ命ニ依テ、觀音ヲ遷シ、城郭ヲ構ヘシニ、天正十年三月、守將今福丹波、降, 久能山古城跡根古屋ノ條ニ云ヘル如ク、信, 〔駿河志料〕, 今採ラズ、, 慶長見聞録案紙二從ヒテコヽ二係ク、マタ當代記, 有渡郡八, ○本書、本條ノ事ヲ以テ、十二月二係ケタレドモ、今, ○下, ニハ、此春被召出久能可令在城處ニ五月朔日死去ト記シ、別本榊原家譜ニ, ハ、十二年二月ニ係ケ、家忠日記増補ニハ、コノ年二係ケテ内記照久ノ事, 有渡郡別録, シタレドモ、, 廿三, 略, 廿五, 今採ラズ、, 久能山, 慶長十一年正月四日, 八五六

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  • 慶長見聞録案紙二從ヒテコヽ二係ク、マタ當代記
  • 有渡郡八
  • ○本書、本條ノ事ヲ以テ、十二月二係ケタレドモ、今
  • ○下
  • ニハ、此春被召出久能可令在城處ニ五月朔日死去ト記シ、別本榊原家譜ニ
  • ハ、十二年二月ニ係ケ、家忠日記増補ニハ、コノ年二係ケテ内記照久ノ事
  • 有渡郡別録
  • シタレドモ、
  • 廿三
  • 廿五
  • 今採ラズ、

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  • 久能山

  • 慶長十一年正月四日

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  • 八五六

注記 (31)

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