『大日本史料』 12編 4 慶長十一年四月~同十二年七月 p.864

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

ゐん殿、おとこしゆうも二三人しこう、くもしらる、, る、御所〳〵もなる, の二ゐ殿より、おり御さかれくもしらる、女院の御所も御ちやうもんにな, 九日, 十三日、はるゝ、しきふのせうめして、ろんこの御たんきあり、八てう殿、正こ, 正二位勳二等松平慶永撰書, 與同宗議、記其來由刻石、以示于後昆云、, 碑裏建設主, ふのせうめして、海んこの御〓んきあり、八てう殿、大かく寺殿なる、中のゐ, 公之英略偉勳、照々垂竹帛、固不俟稱述、而如此塚、歳月之久、恐或〓滅不傳、因, 十六日、はるゝ、けふも御たんきあり、御所〳〵なる、くもしらる、女院の御所, うるう四月九日、はるゝ、御けすりこんすけ殿、しき, 明治十七年十月五日建碑石高八尺巾三尺, んおやこ、みなせしこうなり、くもしらる、, 舟橋秀賢、論語ヲ進講ス、, 〔御湯殿上日記〕, 家衆聽聞伺候ノ記事アレ, 名ヲ連ネタリ、今略ス、, ○松平茂昭以下八人ノ, ○以下、十八日、廿一日、廿二日、廿四日、廿七日、七月廿日、廿, 一日、八月七日ヨリ十七日マデ毎日、論語講義、宮、門跡公, 六十, 未, ドモ、異事ナ千ニヨリ略ス、, 辛, 家衆聽聞伺候ノ記事アレ, 二, 女院御聽, 御けすり, 聽聞ノ衆, 聞, 慶長十二年閏四月九日, 八六四

割注

  • 名ヲ連ネタリ、今略ス、
  • ○松平茂昭以下八人ノ
  • ○以下、十八日、廿一日、廿二日、廿四日、廿七日、七月廿日、廿
  • 一日、八月七日ヨリ十七日マデ毎日、論語講義、宮、門跡公
  • 六十
  • ドモ、異事ナ千ニヨリ略ス、
  • 家衆聽聞伺候ノ記事アレ

頭注

  • 女院御聽
  • 御けすり
  • 聽聞ノ衆

  • 慶長十二年閏四月九日

ノンブル

  • 八六四

注記 (33)

  • 639,661,57,1486ゐん殿、おとこしゆうも二三人しこう、くもしらる、
  • 286,657,56,559る、御所〳〵もなる
  • 404,662,60,2200の二ゐ殿より、おり御さかれくもしらる、女院の御所も御ちやうもんにな
  • 1219,565,68,145九日
  • 755,652,58,2210十三日、はるゝ、しきふのせうめして、ろんこの御たんきあり、八てう殿、正こ
  • 1576,1592,57,916正二位勳二等松平慶永撰書
  • 1697,653,56,1147與同宗議、記其來由刻石、以示于後昆云、
  • 1344,1297,56,345碑裏建設主
  • 991,658,57,2202ふのせうめして、海んこの御〓んきあり、八てう殿、大かく寺殿なる、中のゐ
  • 1808,650,62,2214公之英略偉勳、照々垂竹帛、固不俟稱述、而如此塚、歳月之久、恐或〓滅不傳、因
  • 521,653,59,2214十六日、はるゝ、けふも御たんきあり、御所〳〵なる、くもしらる、女院の御所
  • 1107,1365,56,1507うるう四月九日、はるゝ、御けすりこんすけ殿、しき
  • 1460,941,57,1422明治十七年十月五日建碑石高八尺巾三尺
  • 877,658,52,1200んおやこ、みなせしこうなり、くもしらる、
  • 1215,800,75,772舟橋秀賢、論語ヲ進講ス、
  • 1082,605,111,501〔御湯殿上日記〕
  • 195,659,46,753家衆聽聞伺候ノ記事アレ
  • 1329,1671,41,621名ヲ連ネタリ、今略ス、
  • 1370,1669,44,672○松平茂昭以下八人ノ
  • 319,1223,42,1631○以下、十八日、廿一日、廿二日、廿四日、廿七日、七月廿日、廿
  • 273,1246,43,1611一日、八月七日ヨリ十七日マデ毎日、論語講義、宮、門跡公
  • 1135,1162,43,108六十
  • 1211,740,44,44
  • 155,662,41,766ドモ、異事ナ千ニヨリ略ス、
  • 1257,738,38,43
  • 195,659,46,752家衆聽聞伺候ノ記事アレ
  • 1096,1162,39,31
  • 427,292,45,171女院御聽
  • 1114,288,39,168御けすり
  • 994,287,43,171聽聞ノ衆
  • 387,288,39,43
  • 1929,725,43,422慶長十二年閏四月九日
  • 1928,2458,42,118八六四

類似アイテム