『大日本史料』 12編 4 慶長十一年四月~同十二年七月 p.983

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〔參考〕, 上あり、, きにて御入候、, よし申さるゝ、, 十一月十九日、はるゝ、ゑとより、ひろはし、くわんし, 廿日、はるゝ、ひろはし、ゑとの御みやとて、御なか廿は、かん五つしん上あり、, 敷主自分に、へいかけ可申由言上候へ共、無用之由被仰出、のち〳く迄竹か, 本丸計にへい御かけさせ、二の丸には御老中被爲置候に、へいを御かけさ, 廿一日、はるゝ、くわんしゆ寺、ゑとの御みやとて、御なか廿は、かん五つしん, せ候はす候まゝ、竹もかりに御老中被成候、其後あまり見くるしく候間、屋, ゆ寺、する〳〵とのほりあり、すれはちしこうありて、御返事申さるゝ、かた, しけなきよし御申あり、一たんときけんよくて、ひきて物ともいたさるゝ, 月十七日ニ、諸大名ニ助役増課ノ事ハ三月二十五日ニ各其條アリ、而, シテ十二月二十二日ニ至リ駿府城火災ノ條アリ、竝ニ參看スベシ、, 〔聞見集〕航家康樣、天下被爲取候後駿府御城被成なをし御居城之頃、御, 〔御湯殿上日記〕, 御湯殿上日記〕〓十十一月十九日、はるゝ、ゑとより、ひろはし、くわんし, 六十, 二, 素, 勅使歸京, 本丸二ノ, 丸, 家康ノ質, 慶長十二年七月三日, 九八三

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  • 六十

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  • 勅使歸京
  • 本丸二ノ
  • 家康ノ質

  • 慶長十二年七月三日

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  • 九八三

注記 (26)

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