『大日本史料』 12編 5 慶長十二年八月~同十三年十二月 p.254

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申付候, 介を遣可申候, 一屋敷之内家共棟つゝみ、いつれもはくにてもんををかれ、ひかりかゝや, 内に、いつれものことくはくを可置事, く由候、何とて人のを見計候て、人なみに不仕候哉、由斷にて候、我々不下, かて御上洛有し時、桑名へ迎に出て直に申上しとそ, 志の者なれは、長門守身の上危しと人皆云へり、其秋改易せらる、東照宮や, 也、長門守殿見知たり、比興成事を遊はすと辱しめたり、長乘は東照宮御懇, 一ね間に湯殿を付候はん由申越候、いつかたにても、勝手可然所を見計可, 〔大木文書〕, 態申遣候、將軍樣え、鷹之鶴并八代蜜柑三箱致進上候間、大相州を頼入上可, 申候、當年者鶴取之鷹共損し、鶴を致進上候事延引仕候由、佐州相州まて源, 加藤清正、鶴及ビ蜜柑ヲ幕府ニ獻ズ、, 以上, ○以下、邸宅造營, ○肥, ノ事、便宜合載ス、, ○清正ノ郎宅華麗ナリシコトハ、, 慶長八年三月三日、江戸ノ坊市經, 後, 營ノ條ニ附録シタル、落穗集, 追加ニ見エタリ、參看スベシ、, ね間ノ湯, 造營, 清正邸宅, 邸宅ノ華, 八代蜜柑, 殿, 麗, 慶長十二年十二月是月, 二五四

割注

  • ○以下、邸宅造營
  • ○肥
  • ノ事、便宜合載ス、
  • ○清正ノ郎宅華麗ナリシコトハ、
  • 慶長八年三月三日、江戸ノ坊市經
  • 營ノ條ニ附録シタル、落穗集
  • 追加ニ見エタリ、參看スベシ、

頭注

  • ね間ノ湯
  • 造營
  • 清正邸宅
  • 邸宅ノ華
  • 八代蜜柑
  • 殿

  • 慶長十二年十二月是月

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  • 二五四

注記 (31)

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