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たり、別に家を興す、今田中永之助元勝か祖なり、, 吉政, 〔略譜〕タ橘姓田中、高五百俵、家紋, より金掘を入、責入放火いたし、落城に及ふ、東照宮、彼表地下人等仕置、山, 秀次に附られ、久兵衞と改, 四日封地の御朱印を下さる, 吉勝民部、吉次廢嫡のゝち、京師にをいて出生し、男五郎左衞門政信にい, 國友與左衞門養を受、十五歳の時、永禄五戌年信長へ呼出され、所々戰功, 江州佐和山之城治部少, 輔一族籠、堅固にて難落、兵部大輔父子へ御下知にて、他勢を交す水手郭, 居、仍田中と稱す、一子田中惣左衞門重政、織田信長ニ仕へ、播州三木城主別, 所播磨守征伐之節、彼地ニをひて戰死、重政惣領、, を賜ひ長政と號、信長薨後、因州鳥取城主宮部善祥坊法印に屬し、よりて, あり、三千石、其後加恩にて五千石を領、江州八幡山城築居住す、信長諱字, 孫井手左大臣橘諸兄苗胤、江州住田中伯耆守嵩弘、高島郡田中村ニ代々住, 父重政戰死の時幼稚ニ付、伯母聟同國住, 後守にあらため、かつ台徳院殿より御諱字をたまはり、忠政と稱し、六月, 敏達帝四代後, 慶長十四年二月十八日, 左三ツ巴丸ノ内釘貫、秀, 吉より賜紋七九之桐, 田中筑後守、幼名竹、久兵衞、, 諸家譜ト異ル事ナシ, 久次、兵部大輔、從四位、侍從、, ○中略、上文寛政重修, ○下, 略, 吉政ノ祖, 先, 八一
割注
- 左三ツ巴丸ノ内釘貫、秀
- 吉より賜紋七九之桐
- 田中筑後守、幼名竹、久兵衞、
- 諸家譜ト異ル事ナシ
- 久次、兵部大輔、從四位、侍從、
- ○中略、上文寛政重修
- ○下
- 略
頭注
- 吉政ノ祖
- 先
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- 八一
注記 (30)
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