『大日本史料』 12編 8 慶長十六年三月~同年十月 p.523

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

まはすの、御きたての人にて候つる、, キ者有テ、討手二人申付シ時、坊主屏風ノ陰ニテ是ヲ聞、其儘討タルヽ者ノ, モナク首ヲ打落シケル、此時十四歳也、討手ノ者詮ナケレハ、心ヨカラス思, ひ被成候、我々共もよはせられ、御供に參候、ひろま次の間のかべを手ぬり, 元ハ美濃國徳永ノ百姓ノ子也、柴田勝家カ家臣徳永掃部ト云人ニ頼ミテ, し、家康樣御前よく御座候つる、淨和樣を伏見屋敷にて、はしめて御ふるま, カラ窺ヒ居タルニ、カノ坊主其事ヲ知リ居タル故、カノ罪人ノ後ニ廻リ、手, ニ、其罪人殊ノ外剛勢ナル者ユエ、討手ノ者モ、樣子ヲ見合セン爲、碁ヲ打ナ, ノ事ナレハ、堪忍スヘシトテ事濟タリ、其後、カノ坊主十五歳ノ時、又討スヘ, ケレ共、小坊主ノ事ナレハ、合手ニモナラス、其由掃部ヘ申立ケレハ、小坊主, にして、ゆびの跡も長すさも、其儘見へ申つる、かくのことく、萬事麁相にか, 所エ行テ申シケルハ、御身事討手仰付ラレ、今ニ討手兩人來ル間、用心シ給, 坊主ヲ勤メ居シニ、或時、掃部カ家來ニ罪有ル者有テ、何某ニ討手ヲ申付シ, 候へ共、太閤より御よひ〓、切腹の御供御のかれ候、其後、治部少にも隨ひな, 明良洪範〕六徳永法印壽昌は、尾州松木ニテ二萬石ヲ領セシ人也、此人、, 坊主ヲ勤, 壽昌ノ機, 智, 質素, 慶長十六年七月十日, 五二三

頭注

  • 坊主ヲ勤
  • 壽昌ノ機
  • 質素

  • 慶長十六年七月十日

ノンブル

  • 五二三

注記 (21)

  • 1448,610,59,1080まはすの、御きたての人にて候つる、
  • 395,619,63,2199キ者有テ、討手二人申付シ時、坊主屏風ノ陰ニテ是ヲ聞、其儘討タルヽ者ノ
  • 746,620,64,2215モナク首ヲ打落シケル、此時十四歳也、討手ノ者詮ナケレハ、心ヨカラス思
  • 1682,612,57,2216ひ被成候、我々共もよはせられ、御供に參候、ひろま次の間のかべを手ぬり
  • 1213,605,62,2234元ハ美濃國徳永ノ百姓ノ子也、柴田勝家カ家臣徳永掃部ト云人ニ頼ミテ
  • 1797,612,60,2217し、家康樣御前よく御座候つる、淨和樣を伏見屋敷にて、はしめて御ふるま
  • 862,619,62,2216カラ窺ヒ居タルニ、カノ坊主其事ヲ知リ居タル故、カノ罪人ノ後ニ廻リ、手
  • 980,626,63,2195ニ、其罪人殊ノ外剛勢ナル者ユエ、討手ノ者モ、樣子ヲ見合セン爲、碁ヲ打ナ
  • 510,622,65,2194ノ事ナレハ、堪忍スヘシトテ事濟タリ、其後、カノ坊主十五歳ノ時、又討スヘ
  • 628,619,64,2212ケレ共、小坊主ノ事ナレハ、合手ニモナラス、其由掃部ヘ申立ケレハ、小坊主
  • 1565,615,59,2204にして、ゆびの跡も長すさも、其儘見へ申つる、かくのことく、萬事麁相にか
  • 278,610,63,2222所エ行テ申シケルハ、御身事討手仰付ラレ、今ニ討手兩人來ル間、用心シ給
  • 1095,608,62,2207坊主ヲ勤メ居シニ、或時、掃部カ家來ニ罪有ル者有テ、何某ニ討手ヲ申付シ
  • 1913,608,61,2216候へ共、太閤より御よひ〓、切腹の御供御のかれ候、其後、治部少にも隨ひな
  • 1314,580,97,2267明良洪範〕六徳永法印壽昌は、尾州松木ニテ二萬石ヲ領セシ人也、此人、
  • 1124,241,44,174坊主ヲ勤
  • 423,244,43,174壽昌ノ機
  • 382,245,36,41
  • 1570,241,41,84質素
  • 176,681,44,381慶長十六年七月十日
  • 182,2410,43,124五二三

類似アイテム