『大日本史料』 12編 9 慶長十六年十一月~同十七年七月 p.372

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淺くともよしや又くむ人もなし我にことたる山の井の水, 召上哉とて、先つ御家老中迄、御内談之趣有之候、此節綱利君御在府故、江戸, 名付られ候、, ニ伺ニ成候處、山の井の御茶入き、他家ニ被遣御道具ニ而は無之と被思召, 被申、私し勢高之茶入千枚仕候を進上申、其上金千枚差上、此御茶入申受度, と云古歌の心也、松井方ニ而は、稻津肩衝と申、世間ニては、松井肩衝とも申, は、忠興君、度々ニ取申すべき齡無御座候とて、御笑被成候、此茶入山乃井と, に御申受有之度、乍去千枚き只今進シ、殘る千枚き度々ニ可進と被仰候へ, 申上候へは、我等き能茶入を持たる間、其方秘藏仕候へと被仰候、此故を以, 勝手被差支候由ニ而、望の方被遣度、代金五千兩之由、乍去、もし綱利公可被, をし也、三齋君より立孝主ニ御讓被成、丹後守殿御傳り候哉、寛文十二年、御, 康之遺物ニ差上候、然共、ふた袋思召に不叶、御仕直し、始のふた袋き、一度も, 御茶の湯ニ御出不被成候、或時、古田氏ニ御茶之時、御出し被成候處、殊外感, と被申候由、其後、加賀之前田肥前守殿より、土井大炊頭殿を御頼、金二千枚, 候間被留置、宇土ニは右茶入の代、銀子四百貫目、追々ニ可被遣候、左候へは, 茶壺山乃, 井, 松井肩衝, 慶長十七年正月二十三日, 三七二

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  • 茶壺山乃
  • 松井肩衝

  • 慶長十七年正月二十三日

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  • 三七二

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  • 891,719,61,1785淺くともよしや又くむ人もなし我にことたる山の井の水
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