『大日本史料』 12編 11 慶長十八年三月~同年九月 p.450

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〔附録, 院、又、玉林菴なとれり、, のて大友の大徳寺の那にて, 廣島ヘ行れり、, 廣島の玉堂き、大徳寺の玉堂和尚所持ゆへに玉堂と云、玉堂は、高桐院の住、, 玉甫の時代なり、玉甫き、古溪派なり、古溪派の寺は、今は大徳寺にては高桐, の上に大友き、大内へよしみ, 玉堂和尚、折節居防の山口にいられたゆへに、此茶入を頭にかけるく退かよ, 有り、故に豐後の大友也、玉堂へ退り其後針屋宗春手前にてかふて、夫より, 癸巳年六月十七日逝去、法名は養泉院殿華雲芳榮大禪定尼ト號す, 淺野紀伊守幸長に婚を約し、いあた, 〔中村雜記〕七玉堂ノ茶壺ハ、玉堂和尚、唐ヨリ持參之由申候、, 嫁をべしず卒すノ、, 母き上におれし、, 〔淺野考譜〕ニ淺野紀伊守幸長、幸長の先室前田利家の息女者、文祿二, 淺野考譜〕ニ淺野紀伊守幸長、幸長後室池田輝政の女者、元和二己卯, 寛政重修諸家譜, 前田利家-, }, 大友の寺は, 瑞峯院と云, ○高畠直, ○第, 吉ガ女, 五女, 千百三, 女子, 十, 幸長ノ先, 後室池田, 玉堂ノ茶, 夫人前田, 氏, 入, 氏, 慶長十八年八月二十五日, 四五〇

割注

  • 大友の寺は
  • 瑞峯院と云
  • ○高畠直
  • ○第
  • 吉ガ女
  • 五女
  • 千百三
  • 女子

頭注

  • 幸長ノ先
  • 後室池田
  • 玉堂ノ茶
  • 夫人前田

  • 慶長十八年八月二十五日

ノンブル

  • 四五〇

注記 (37)

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