『大日本史料』 12編 13 慶長十八年九月~同十九年四月 p.619

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

め、布衣を着にる事をゆなさな、, 眞田御陣等にしたかひたて万にる、十九年、兄忠辰とゝもに、大久保相模, 忠隣か事に坐して、御勘氣をかうふり、のち大坂兩度の役には、忠辰とお, て、めしかへされて舊知ををまふ, なしく在陣す、元和元年五月七日の合戰に、茶磨山乃邊にをい之、甲兵を, 後御勘氣を免され、御家人に復し、御使番御徒頭等を勤, だ、東照宮にまみたてまつり、慶長十九年父忠隣か事に坐して、相模國小, 忠政幼弱乃ときより、台徳院殿に奉仕し、慶長五年、上杉景勝御征伐、及ひ, 忠尚大久保相模守忠隣か六男、母は石川日向守家成か女、いと第なうし, 田原に蟄居す、, 忠辰慶長十九年、大久保相模忠隣かこと知坐して、御勘氣かうふる、, 大久保忠盆, 〔寛政重修諸家譜〕, 忠政, 力二大坂役二赴, 七百, クコト二カヽル, ルヽヲ十七年二係ケタルハ誤ナリ、, ○津輕舊記二、幸信ノ津輕ニ預ケラ, 初忠利、與一郎、助左衞門、大久, 保五郎右衞門忠俊め五男、, 略、竊, ○中, 助左衞門, 右衞門八, 將監、, 四, 半助, 郎、, 忠政, 忠辰, 忠尚, 忠辰, 忠政, 慶長十九年正月十九日, 六一九

割注

  • 力二大坂役二赴
  • 七百
  • クコト二カヽル
  • ルヽヲ十七年二係ケタルハ誤ナリ、
  • ○津輕舊記二、幸信ノ津輕ニ預ケラ
  • 初忠利、與一郎、助左衞門、大久
  • 保五郎右衞門忠俊め五男、
  • 略、竊
  • ○中
  • 助左衞門
  • 右衞門八
  • 將監、
  • 半助
  • 郎、
  • 忠政
  • 忠辰

頭注

  • 忠尚
  • 忠辰
  • 忠政

  • 慶長十九年正月十九日

ノンブル

  • 六一九

注記 (36)

  • 739,693,58,927め、布衣を着にる事をゆなさな、
  • 494,688,72,2136眞田御陣等にしたかひたて万にる、十九年、兄忠辰とゝもに、大久保相模
  • 378,684,69,2131忠隣か事に坐して、御勘氣をかうふり、のち大坂兩度の役には、忠辰とお
  • 1903,631,55,985て、めしかへされて舊知ををまふ
  • 265,693,66,2125なしく在陣す、元和元年五月七日の合戰に、茶磨山乃邊にをい之、甲兵を
  • 840,1193,70,1639後御勘氣を免され、御家人に復し、御使番御徒頭等を勤
  • 1656,627,70,2207だ、東照宮にまみたてまつり、慶長十九年父忠隣か事に坐して、相模國小
  • 611,620,72,2204忠政幼弱乃ときより、台徳院殿に奉仕し、慶長五年、上杉景勝御征伐、及ひ
  • 1777,626,66,2212忠尚大久保相模守忠隣か六男、母は石川日向守家成か女、いと第なうし
  • 1555,625,56,425田原に蟄居す、
  • 962,613,68,2083忠辰慶長十九年、大久保相模忠隣かこと知坐して、御勘氣かうふる、
  • 1431,1412,56,345大久保忠盆
  • 1415,583,107,566〔寛政重修諸家譜〕
  • 1208,614,58,131忠政
  • 886,702,41,470力二大坂役二赴
  • 1466,1208,38,107七百
  • 849,702,34,468クコト二カヽル
  • 1878,1651,43,1045ルヽヲ十七年二係ケタルハ誤ナリ、
  • 1919,1638,48,1050○津輕舊記二、幸信ノ津輕ニ預ケラ
  • 1459,1773,51,836初忠利、與一郎、助左衞門、大久
  • 1403,1774,50,780保五郎右衞門忠俊め五男、
  • 944,2708,40,113略、竊
  • 988,2708,37,114○中
  • 1193,772,43,259助左衞門
  • 1236,771,45,264右衞門八
  • 1078,770,41,129將監、
  • 1424,1206,39,35
  • 1122,770,42,126半助
  • 1311,772,41,52郎、
  • 1208,614,58,131忠政
  • 1323,610,56,135忠辰
  • 1801,258,40,84忠尚
  • 990,250,41,85忠辰
  • 638,247,42,83忠政
  • 169,682,46,427慶長十九年正月十九日
  • 163,2411,40,120六一九

類似アイテム