『大日本史料』 12編 13 慶長十八年九月~同十九年四月 p.890

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はすくれ候、御前衆きもいりも、まへ〳〵よりもまし申候、久久ニ而下申, られ候、此まへより御たつしやニ見へ申候、目出度儀候、此由、かけゆ、たく, ニ成事々にてなく候間、可心安候、大御所樣御氣色、一段よくりかやかせ, 候間、御前もいかゝと存候處ニ、右之分ニ候、其段きつかい有間敷候、御普, 追而申候、我々爰許にての仕合無殘所候、兩御所樣御懇いつよりも、此度, 來ル廿四五日比、可爲還御, みに可申聞候、已上、, 之由ニ候、此, 十二月卅日, 可申と存候、めつら敷事も候へ共、書中ニは不被申候、但、我らなとかまい, 慶長十九年甲寅正月九日、興長に被仰下候御書、, 式部殿進候, なほ〳〵、跡ゟ具ニ可申候、已上、, 請存之外大そう成事ニ候條、於此地とうりう申候、大かたらちを明候而, 〔細川家記〕, 分ニ候はゝ、駿河へ還御迄は、逗留可申躰ニ候、乍去、御普請、殊外大そうな, 御判, 十二月卅日越御〓, 越御判, トハ、正月二十九日二其條アリ、, ○家康、江戸ヨリ駿府ニ還リシコ, 忠興八, 十四, 家康ノ元, 忠興ノ江, 戸滯留, 氣, 慶長十九年四月八日, 八九〇

割注

  • トハ、正月二十九日二其條アリ、
  • ○家康、江戸ヨリ駿府ニ還リシコ
  • 忠興八
  • 十四

頭注

  • 家康ノ元
  • 忠興ノ江
  • 戸滯留

  • 慶長十九年四月八日

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  • 八九〇

注記 (29)

  • 1534,716,59,2124はすくれ候、御前衆きもいりも、まへ〳〵よりもまし申候、久久ニ而下申
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