『大日本史料』 12編 14 慶長十九年五月~同年九月 p.922

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如何せんと鳴叫、其聲叫喚大きやうくわんも斯やと覺へ、淺間敷も又いた, そんせられ候まてに御座候、, 坊太虚と申候、山崎合戰士大將の一にて御座候、寶寺の合戰、太閤記にも相, 〓、折節は是迄も尋來て、何日の事を語りしに、今別レて後身のたゝすみを, わし、彼俊寛かあしずり、今の樣ニ被思、哀レを催して歸ると〓、船頭かたり, 〔新安手簡〕上白石先生答書, 見へ申候、其後賀州利長卿に屬し、淺井繩手合戰四大將の人にて御座候、こ, の人邪蘇宗にて御座候ゆへ、慶長年中、御制禁の時に、願ひによつてイタア, 高山南坊の事被仰下候、其時に内藤飛騨入道如安も被參候と承候き、こき, イタアリヤ國の事は、往年承およひ候、西南夷之地と相心得罷在候處、誠に, リヤ國へ被處遠流候と申事に承おほへ、何やらん書にても見覺へ候樣に, 井蛙の見にて御座候、天正年中、攝州高槻の城主高山右近、のちには剃髮南, 〔新安手簡〕下澹泊先生與白石先生書, 人の申候ひしは、此衆中彼國へ參られ候て後悔せられ候、そのゆへはこな, 第ると也、, 流地ニツ, イテ白石, 南坊ノ放, ト潛泊ノ, 問答, ノ放流ニ, 關スル白, 内藤徳菴, 慶長十九年九月二十四日, 九二二

頭注

  • 流地ニツ
  • イテ白石
  • 南坊ノ放
  • ト潛泊ノ
  • 問答
  • ノ放流ニ
  • 關スル白
  • 内藤徳菴

  • 慶長十九年九月二十四日

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  • 九二二

注記 (25)

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