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をし跡を, その夜は舟なくしてそこに宿をろ, しるし也とをしへけるニむかひて、發句ニ、遠くなる跡や枯なて忍ふ草, 袖も熱田ノ渡口ニ着、勢州桑奈へノ舟を求メけれ共、賀藤肥後守殿人數大, 日を送ル處ニ、當年神無月ノはしめつかた、大御所樣う秀頼と、御矛楯在〓、, 勢わりたりしまゝ, まかりほのほる、近キ比飛鳥井殿の上洛, 尾張國なるみをとをれは、すゝむしの鳴海乃野へとよみしさもあらて近, ノ前ノ泉水ニ岩をたゝみあ第たる上ニ石塔アリ、是ヲ坊主尋けれは、宗長, りとまりぬ、終夜雨〓りて、明日、酔草津を分、たではつま〓と勢田唐橋をり, られし柴屋をとふらひけるに、山ふところの木茂き陰ニ物矛りたる庵室, 〓御動座被成ニ付而、我等御訴訟をも、於京都可被仰付との御内證ある間、, したひて、まりこ河をりたり行てのみち乃かたはらに宗長法師ノ閑居せ, 去年四月上旬ノ比より、將軍大御所樣へ御訴訟ノ子細在, き汀の夕波の立也けり、それより道をいそけはあゆみたれは、さむかりし, 〔北野拾葉〕, 假ノ宿を求メ, 慶長十九年十月十八日, ○雅庸ノ京都ニ歸ル, 八月二十七日ニアリ, 本月十四日二アリ、, ○加藤忠廣ノ歸國, 紀行抄出, 法橋能閑, 略, 略, 中, 中, 飛鳥井雅, 宗長ノ庵, ヲ過ク, 庸, 加藤忠廣, 尾張〓田, 室, 〔參考〕, 慶長十九年十月十八日, 四八七
割注
- ○雅庸ノ京都ニ歸ル
- 八月二十七日ニアリ
- 本月十四日二アリ、
- ○加藤忠廣ノ歸國
- 紀行抄出
- 法橋能閑
- 略
- 中
頭注
- 飛鳥井雅
- 宗長ノ庵
- ヲ過ク
- 庸
- 加藤忠廣
- 尾張〓田
- 室
柱
- 〔參考〕
- 慶長十九年十月十八日
ノンブル
- 四八七
注記 (38)
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