『大日本史料』 12編 16 慶長十九年十一月~同年十二月 p.373

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取候へと直江山城守下知仕候ニ付、若者共、指詰々々打懸申候、又兵衞武具, の先手澁井内膳は、大坂勢かさむと見、片原町を引取、堤の柵を持候所へ、長, 張の馬印に黒半月指て、此方へ向て下知するは大將分と見へたり、あれ討, 又兵衞は黒大半月の指物にて、立跨て下知するを、川向鴨野ゟ見、茜の母衣, 野今福ノ樣子を目の下に見下、則宿へ歸、具足を持せ懸付、天滿橋近邊ニあ, 村長門守は馬ゟ下て、皆々先へ被通候へと云付、乘拔々々先へ通、寄手佐竹, 相有、又兵衞、長門守相談して、片原町ゟ船を引寄、敵の横合を打せんとする、, へ打出、木村長門守、早柵裏堤の上ニ詰居、川向乃鴫野の米澤中納言陣所ゟ、, 門か勢大井何右衞門、高松内匠、河崎和泉、上村金右衞門、以下九人にて掛候, は、はや大野修理か勢直甲にて乘立行故、又兵衞も橋爪ニ面物具して今福, 種子嶋を事々敷打かくる故に、又兵衞下知して、此方ゟ銕炮打懸て、良久迫, へは、佐竹勢柵を捨堀切を越て備を立る、川向南ノ方景勝手ゟ、種子嶋を打, 掛候夏夥故、皆々堤の北腹に伏居て銕炮をよけ罷在候、後藤又兵衞尉は御, 城天守へ銕炮の來るをかこはせんために、山田外記を召連、天守へ上り、鳴, 門外にてひた〳〵と馬に打乘て懸行候へは、片原町の眞中小橋の前に、木, 鋒ノ棚二, 迫ル, 側面射撃, 義宣ノ先, 重成ノ兵, 景勝兵ノ, 後藤基次, モ亦今福, 大野治長, 重成ノ兵, ニ逢フ, ニ赴ク, 慶長十九年十一月二十六日, 三七三

頭注

  • 鋒ノ棚二
  • 迫ル
  • 側面射撃
  • 義宣ノ先
  • 重成ノ兵
  • 景勝兵ノ
  • 後藤基次
  • モ亦今福
  • 大野治長
  • ニ逢フ
  • ニ赴ク

  • 慶長十九年十一月二十六日

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  • 三七三

注記 (29)

  • 295,611,65,2211取候へと直江山城守下知仕候ニ付、若者共、指詰々々打懸申候、又兵衞武具
  • 1686,612,63,2210の先手澁井内膳は、大坂勢かさむと見、片原町を引取、堤の柵を持候所へ、長
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