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妨け、全く御當家の御り運と成と云事、其比の諸人も稱し、定て万石以上の, る事なれは、大坂方滅亡は目前也、何そ景憲か功といはん、新參の景憲か辨, 間者の事を評して曰、景憲大坂城中に入て、彼方の軍法を辨舌を以て云ひ, 憲は大坂利運とならのる故、其忠否を評しかたし、又或人曰、景憲の振廻を, 御賞録をも給りなんと皆人思ひける、台徳寺の御代に至り、勘兵衞か勳功, 計略思ひしられたり、關東神妙の御軍略に、何としてか楯付んや, しきか、彼大坂は日本の軍勢皆神君の神恩に歸伏して、一躰をとりまきた, 近世評せるを、今時武の御吟味正しく、世上も是に習つて此評も有、かの油, を申上し人有しに、上意には、大坂方若利運とならは、勘兵衞はいかゝあら, 口にてまはされたる大坂方の諸將未練の軍談、たとへ景憲云ひ妨けすと, 成たりといはゝ、御武運の弱きに似たり、若勘兵衞なくは御利運になるま, んやと御事也と参、誠に台徳公の上意のこく勘兵衞か弁を以て御利運と, の忠臣也、景憲は戰國の間にて、一樣に論すへからにといふ、又或人の曰、景, も何程の事か有らん、新參の景憲か言葉に云ひふせらるゝほとの族か、其, 景憲か所爲とは如何、又或人曰、豫讓は、自分君の仇をむくはんとする, ○中略、豫, 讓ノ故事, ニ係, 内通ニツ, イテノ評, 景憲大坂, 元和元年三月十二日, 九〇七
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- ○中略、豫
- 讓ノ故事
- ニ係
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- 内通ニツ
- イテノ評
- 景憲大坂
柱
- 元和元年三月十二日
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- 九〇七
注記 (23)
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