『大日本史料』 12編 18 元和元年四月~同年五月 p.481

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

七月十三日修理進, 爲加増領知之内千五百石遣候、猶可抽忠儀候、, 溝口半之允とのへ, 馬被下ケル, そのゝち柴田伊賀守端午の御禮として、越前丸岡の城より、江〓安土へ參, 臼鬼女河原にして, 爲十六歳惣手の先掛壹番首討取之條、無類の仕合尤以感入神妙候、依之, 候ニ、二毛ノ馬ヲ被下テ候、外聞如何ト奉存事ニ候間、御馬如何樣ニテモ不, いふ、尾張國羽栗郡二ノ寺の産也、十六歳にて初陣、柴田伊賀守に屬し、越前, 今度越前白木戸合戰の刻、同名伊賀守佐久間玄蕃允先を諍ひ候所、其身, る、柴田父子感状を給ふ, 馬上の敵を鑓付、その首を得て疵を蒙, 苦候間、御カヘ被成下候得ト訴訟、早川則大炊頭ニ相達、尤至極トテ餘ノ御, の臣也、大隅守か若名溝口半之允、後に龜田權兵衞またあらためて大隅と, 修理進, 伊賀守, 〔兵家茶話〕一龜田大隅守き父を溝口半左衞門と號し、柴田修理亮勝家, 七月十三日, ○淺野氏江戸城石垣普請助役ノ事、慶長, 白鬼女文書には, 十九年四月八日ニ其條アリ、參看スベシ, 白木戸と〓り、, ノ武功, 龜田高綱, 初陣, 柴田勝豐, 二仕フ, 元和元年四月二十九日, 四八一

割注

  • ○淺野氏江戸城石垣普請助役ノ事、慶長
  • 白鬼女文書には
  • 十九年四月八日ニ其條アリ、參看スベシ
  • 白木戸と〓り、

頭注

  • ノ武功
  • 龜田高綱
  • 初陣
  • 柴田勝豐
  • 二仕フ

  • 元和元年四月二十九日

ノンブル

  • 四八一

注記 (29)

  • 629,939,61,1430七月十三日修理進
  • 748,723,61,1367爲加増領知之内千五百石遣候、猶可抽忠儀候、
  • 402,1155,53,546溝口半之允とのへ
  • 1690,650,54,341馬被下ケル
  • 275,659,65,2207そのゝち柴田伊賀守端午の御禮として、越前丸岡の城より、江〓安土へ參
  • 1222,653,52,562臼鬼女河原にして
  • 858,725,67,2146爲十六歳惣手の先掛壹番首討取之條、無類の仕合尤以感入神妙候、依之
  • 1910,649,67,2222候ニ、二毛ノ馬ヲ被下テ候、外聞如何ト奉存事ニ候間、御馬如何樣ニテモ不
  • 1328,664,65,2213いふ、尾張國羽栗郡二ノ寺の産也、十六歳にて初陣、柴田伊賀守に屬し、越前
  • 977,726,66,2149今度越前白木戸合戰の刻、同名伊賀守佐久間玄蕃允先を諍ひ候所、其身
  • 1103,656,56,707る、柴田父子感状を給ふ
  • 1209,1740,62,1136馬上の敵を鑓付、その首を得て疵を蒙
  • 1794,650,66,2227苦候間、御カヘ被成下候得ト訴訟、早川則大炊頭ニ相達、尤至極トテ餘ノ御
  • 1444,658,64,2213の臣也、大隅守か若名溝口半之允、後に龜田權兵衞またあらためて大隅と
  • 629,2023,53,345修理進
  • 514,2021,54,346伊賀守
  • 1547,604,104,2275〔兵家茶話〕一龜田大隅守き父を溝口半左衞門と號し、柴田修理亮勝家
  • 636,940,54,337七月十三日
  • 1711,1010,47,1212○淺野氏江戸城石垣普請助役ノ事、慶長
  • 1248,1238,40,472白鬼女文書には
  • 1667,1011,47,1211十九年四月八日ニ其條アリ、參看スベシ
  • 1205,1237,39,429白木戸と〓り、
  • 1559,282,41,121ノ武功
  • 1601,278,45,170龜田高綱
  • 1296,278,41,81初陣
  • 1382,273,43,175柴田勝豐
  • 1344,284,35,112二仕フ
  • 183,720,44,421元和元年四月二十九日
  • 170,2451,49,117四八一

類似アイテム