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より朱印を授けらる、十四年、, の地溝口村に葬る、妻は竹田某か女、, 秀に屬し、天正九年より織田右府につかゆ、逸見駿河守某か跡職をたま, 六萬石を領す、五年、上杉景勝御征伐のとき、東照宮の仰をうけて、先陣を, 發田城にうつり、一萬六千石を加へられ、蒲原郡のうちにをいて、すべて, はり、若狹國高濱の城に住す、このとき、右府より朱印をあたへられ、十一, 氏ならひに諱字をあたへらる、慶長三年、大聖寺をあらためて、越後國新, 太閤にしたかひて忠節をつくせしかは、加賀國江沼能美兩郡のうちに, 年、豐臣太閤、柴田勝家と矛楯にをよひし時、秀勝越前國敦賀におもむき、, 秀勝母は竹田某か女、天文十七年溝口村に生る、いとけなきとき、丹羽長, して、四萬四千石の領地をあたへられ、大聖寺の城に住す、このとき、太閤, 從五位下に敍し、豐臣, 勝政尾張國溝口の郷を領す、天正元年三月二十五日死す、法名淨閑、所領, 慶長十五年九月二十八日, 女子, 一月十四日トアリ、, 口『發家譜二、初名久三郎トアリ、, 家譜二、十, 孫左衞門、伊豆守、○溝口第, 出家譜ニ、源太郎トアリ、, 初秀信、主膳正、伯〓守、從五位下、○溝, ○溝口, ○溝口弸發家譜ニ、十, ヲ稱ス, リ豐臣氏, 寺城ニ居, 新發田城, シテ大聖, 秀勝ノ履, 歴, ニ移ル, 秀吉ニ屬, 勝政, 慶長十五年九月二十八日, 六六九
割注
- 一月十四日トアリ、
- 口『發家譜二、初名久三郎トアリ、
- 家譜二、十
- 孫左衞門、伊豆守、○溝口第
- 出家譜ニ、源太郎トアリ、
- 初秀信、主膳正、伯〓守、從五位下、○溝
- ○溝口
- ○溝口弸發家譜ニ、十
頭注
- ヲ稱ス
- リ豐臣氏
- 寺城ニ居
- 新發田城
- シテ大聖
- 秀勝ノ履
- 歴
- ニ移ル
- 秀吉ニ屬
- 勝政
柱
- 慶長十五年九月二十八日
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- 六六九
注記 (35)
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