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政が男なり、昔し、逸見又太郎義重、承久の頃、美濃國, しなり、, を賜り、彼國の目代になさる、, 分ち賜ひ、すへて一萬四千石を領し、澤海に居所をいとなむ、, の地を分ちて、三千石は武田孫八郎、五千石は溝口金右衞門に賜ひしと, 云々、信長記に、溝口竹としるす、竹とは童名なり、此頃は金右衞門と申せ, かせられ、父か遺領越後國蒲原郡の内にして、さらに一萬二千石を善勝に, 安土日記に、若狹の逸見駿河守死して世嗣絶えしかば、彼の所領八千石, り、其後、尾張國に遷て, 溝口の地に住せしより、溝口とは名乘れるなり、, 大桑郷の地頭職に補せられしより、子孫代々彼國に在, 高濱の城, 明れば、十年六月、織田殿討れ給ひ、同き十二年の春、近江國志津が嶽の合戰, 日、計らざるに織田殿に召出され、御家人に連り、若狹國, 秀勝未だ竹丸と申して童なりし時より、丹羽五郎左衞門尉長秀に仕へ, と名のる、天正九年四月十六, 〔藩翰譜〕比溝口伯耆守源秀勝は、尾張の國の住人溝口彦左衞門尉勝, 元服の後、金右衞門尉, ○此下、溝口家譜所收ノ, ヘノ二字、私家舊記、, 三字アリ、以下注文, 藩翰譜補正ニ、山縣郡ノ, 摩下ニ屬スニ作ル, ハ、皆ソレ二ヨレリ, ○大, 飯郡, ○定, ○上, 島郡, 下略, ○中, 千石, 勝, ○五, 仕, 慶長十五年九月二十八日, 六七二
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- ○此下、溝口家譜所收ノ
- ヘノ二字、私家舊記、
- 三字アリ、以下注文
- 藩翰譜補正ニ、山縣郡ノ
- 摩下ニ屬スニ作ル
- ハ、皆ソレ二ヨレリ
- ○大
- 飯郡
- ○定
- ○上
- 島郡
- 下略
- ○中
- 千石
- 勝
- ○五
- 仕
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- 慶長十五年九月二十八日
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- 六七二
注記 (37)
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