『大日本史料』 12編 7 慶長十五年閏二月~同十六年三月 p.671

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下にみえたり、, ころ、台徳院殿、兄弟か言、各、其理にあたれりと御感ありて、宣勝かこひにま, いひしかとも、善勝辭してうけさりしかは、このおもむき言上にをよふ, かたし、よりて、今先の釆地のうへ、更に我領地のうちをわかち加へむと, のところ、台徳院殿、兄弟か言、各其理にあたれりと御感ありて、宣勝かこ, にわかちたまふ、十五年十二月二十八日、領知の御朱印を下さる、, ひにまかせられ、父か遺領の内五萬石を宣勝に賜ひ、一萬二千石を善勝, 女子母は上におなし、中院内大臣通村か室、, ん事をこふといへとも、宣勝うけかはすして、このむね言上にをよふのと, るところの釆地は、兄宣勝にかへし收め、宣勝よりわつかの地を讓りうけ, 善勝母は宣勝におなし、別家となり、子孫帶刀政親かとき斷絶す、その系, 在國たるへし、汝は江戸にあるのあひた、所領すくなくしては勤仕なり, 樂郡のうちにをいて、釆地二千石をたまひ、十五年父卒するの後、先にうく, 溝口善勝、, 慶長十四年、上野國甘, 〔寛政重修諸家譜〕, 補任異, 事ナシ、, 守、從五位下, 孫左衞門、伊豆, ○下略, 續武家, 百四, 十二, 事ナシ、, 善勝, 慶長十五年九月二十八日, 六七一

割注

  • 守、從五位下
  • 孫左衞門、伊豆
  • ○下略
  • 續武家
  • 百四
  • 十二
  • 事ナシ、

頭注

  • 善勝

  • 慶長十五年九月二十八日

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  • 六七一

注記 (28)

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