『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.166

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四百廿九級, 右惣首數之内、忠昌樣御手へ五拾七級, 一同ニ押入り、多勢に相成、富正本城の門迄押詰乘込て、數ケ所に火を放て, も此内也、成重一備へ二百七拾三級也, 思召との御諚也、別〓大御所樣上意ニ、今度は我老老毛したるか、若き者共に, 惣軍一同ニ進み懸る、此時富正下知して、京橋口之門を内ゟ開かせたれは, ゟ敵勢百計出しかとも、難なく切崩し、敵引取、扨富正か旗本目當ニ越前之, 腹を立させ、既ニ本多出雲守も討死し、忠直も如何と思ふ處に、無恙大功を, めて、落城之趣委細兩御旗本え、使武者を以言上し給ひたれは、御感不斜被, 扨成重、富正を、兩御所樣え被爲召、兩人共ニ譜代之者故、抽忠義粉骨を盡し、, 富正一備へ, 燒立る故、忽落城に及し也、扨忠直樣之御本陣を備、御纒御馬印惣旗を立堅, 眞田か首、并増田作十郎か討取天下の一番首, 顯したるとて、御悦喜甚し、此日忠直樣御手え討取敵の首數三千七百余級, 三河守天下一番乘の軍功を顯し、早速落城、御感不斜被爲思召候旨、御懇之, 之内、敵方大將分眞田幸村を西尾仁左衞門、御宿勘兵衞を野本右近討取也、, 上意有之候也, 御自身之御高名なり, 内念立佐大夫は忠昌樣, 取處六拾四級也、, 内自分之士計討, 内自分之士計討, 取首百三級也、, 正ノ功ヲ, 賞ス, 成重同富, 家康本多, 家康忠直, 天下一番, ノ功ヲ當, 乘, 元和元年五月七日, 一六六

割注

  • 御自身之御高名なり
  • 内念立佐大夫は忠昌樣
  • 取處六拾四級也、
  • 内自分之士計討
  • 取首百三級也、

頭注

  • 正ノ功ヲ
  • 賞ス
  • 成重同富
  • 家康本多
  • 家康忠直
  • 天下一番
  • ノ功ヲ當

  • 元和元年五月七日

ノンブル

  • 一六六

注記 (33)

  • 615,647,55,338四百廿九級
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