『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.293

Loading…

要素

ノンブル

OCR テキスト

と申樣ニ承候、我等ゟ跡ニ〓打死にて候備前樣子見申候者、先へはやく, 置候て。何共人數を御立返し候へと申候、此衆も御失念定〓有まし, 此之次第に候と申理り候、但是も少時刻は御座候つる、扨又はやてきも, へ、此由可申理と存候處へ、内記殿、四郎兵へ殿被參候間、只今此場ニて如, 跡は見不申候、わきゟてき參候つるや、先ゟてきの參候とは見不申候キ、, 一此比承候得者、備前打死の樣子をも委見申候と申衆、先へもはやく參候, く候、其上此衆はそれゟしゆく中へ御越候つる、我等きしゆく中へは不, 參候、右之場ニ居候て、一騎二騎つゝ返し候て被參候衆へ、右之樣子共一, 可參子細にてそ無之候、是は但又つたひニ承候儀にて候、若御前にて左, 之御あひさつ、定ふ御失念有間敷候、扨又備前うち死の儀、先キ開候まゝ、, なく候に、此躰はいかゝに候、貴殿なとは、餘人とは替候間、手前をば御指, 一理申候事, 委見申候と申者なとも御座候と承候、扨又右之次第御前へ參可申上候、, 殊外みたれたる時分に候間、先此場ニ居候て、早く返し參候衆之可然仁, 間、又修理殿へ參、御まと〓立候間、あれ迄備をよせられ候へと申候、其時, 元和元年五月七日, 元和元年五月七日, 二九三

  • 元和元年五月七日

ノンブル

  • 二九三

注記 (18)

  • 393,706,69,2136と申樣ニ承候、我等ゟ跡ニ〓打死にて候備前樣子見申候者、先へはやく
  • 973,708,67,2137置候て。何共人數を御立返し候へと申候、此衆も御失念定〓有まし
  • 1206,707,68,2138此之次第に候と申理り候、但是も少時刻は御座候つる、扨又はやてきも
  • 1321,726,69,2120へ、此由可申理と存候處へ、内記殿、四郎兵へ殿被參候間、只今此場ニて如
  • 1669,715,67,2150跡は見不申候、わきゟてき參候つるや、先ゟてきの參候とは見不申候キ、
  • 505,653,73,2194一此比承候得者、備前打死の樣子をも委見申候と申衆、先へもはやく參候
  • 857,707,68,2138く候、其上此衆はそれゟしゆく中へ御越候つる、我等きしゆく中へは不
  • 736,704,73,2122參候、右之場ニ居候て、一騎二騎つゝ返し候て被參候衆へ、右之樣子共一
  • 279,701,68,2137可參子細にてそ無之候、是は但又つたひニ承候儀にて候、若御前にて左
  • 1786,721,64,2144之御あひさつ、定ふ御失念有間敷候、扨又備前うち死の儀、先キ開候まゝ、
  • 1089,710,68,2140なく候に、此躰はいかゝに候、貴殿なとは、餘人とは替候間、手前をば御指
  • 637,721,55,324一理申候事
  • 1555,709,64,2156委見申候と申者なとも御座候と承候、扨又右之次第御前へ參可申上候、
  • 1437,716,67,2133殊外みたれたる時分に候間、先此場ニ居候て、早く返し參候衆之可然仁
  • 1901,719,65,2136間、又修理殿へ參、御まと〓立候間、あれ迄備をよせられ候へと申候、其時
  • 189,699,44,341元和元年五月七日
  • 187,699,46,341元和元年五月七日
  • 177,2429,45,117二九三

類似アイテム