『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.378

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處を、古黒門跡と申傳候、其東大和橋町, 町口等之處、堅ク木戸を搆候よし、家中之者共指出ニも、惣堀際迄參候と, 砌、城中ゟ人夫ヲ出し、かの畔道ヲ悉ク堀切、内通りニ柵をゆひ、生玉口谷, は二山〓ニ宰相山、後世は兩山共ニ眞田丸ニ而御座候, ニ轉せられさる以前之儀ニ候へは、此説不足取候、古難波の圖を見候ニ, 儀に候故、埋土調ひ不申、堀はたの土居ヲ崩し、或き門矢倉をも埋込、池之, 故、如此唱へ候と覺居申候、此時は越前加賀ともニ、官途少將ニ〓、未宰相, 來宰相山の名有之、慶長甲寅の役、眞田左衞門此山ヲ出丸ニ取立候より, 宰相山之名有之候、則玉造の南今地ニ相違無御座候、然は此二山中古以, 玉造之出口ヲ黒門口と申候由、今按、木綿町ゟ少坂を下り、清水町え懸る, 認候も有之候へは、堀の形ハ其儘ニ〓御座候義と相考申候、所之者物語, 面所々に〓田の畔之樣ニ道付たる迄ニ御座候、依之今年御和睦破れ候, 辻有之候場所之由所之者申傳候、又按、前年惣堀被埋候節、池深く大キ成, 眞田丸と稱し候事勿論ニ候、さて舊名ヲ存し、一ヲ宰相山と唱候へ共、古, 之通ヲ追手筋と唱へ、前方札, ニ、右黒門ヲ引候ふ、一心寺の門と致候由申傳候、當七日押詰候刻、門有無, 元和元年五月七日, ○玉, 堀町, 惣堀, 黒門, 三七八

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  • ○玉
  • 堀町

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  • 三七八

注記 (22)

  • 982,703,61,1138處を、古黒門跡と申傳候、其東大和橋町
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