『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.354

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

ト唱候由ニ承候、, 辻迄町屋之裏通り一筋通りたる堤の如クなる道あり、道の北一段低キ, は平野川河内川巨鹿川の水一つニ落合、志貴の口ニ〓、又淀川大和川一, 町との間を抜、玉造に至る、此間所々打廻り、明に見へかたく候へ共、高下, 要害無御座候、依之乾堀を堀土居を築、高津ゟ玉造迄外郭の要害を搆へ, 之樣子内外之分は相知居申候、何分右惣堀埋候ては、南表全要害無之ニ, 是ヲ惣堀と名號候由、去年御和睦之砌、惣堀埋られ候と申ニ付、種々俗説, 〓有之候へとも、信用いたしかたく候、按、東横堀九郎介橋ゟ上本町札之, 又按、大坂之城は無双之要害ニ〓、西北の方は、淀川の水筋ヲうけ、東の方, 付、大坂勢悉岡山天王寺之筋え出張いたし、三方の要害は、橋ヲ引舟を燒、, と號す、後世其形によつて茶臼山と呼、大坂御平均之後、二山共に御勝山, つニ落合候ニ付、三方は天成之堅固ニ〓、只南一方少の坂計ニふ、差たる, 處畑ニ相成申候、是舊時惣堀の埋跡と申傳候、夫ゟ東の方眞田山と木綿, 用ニ不立者共を番兵ニ差置候也、將軍家にも深キ御軍慮を以、東西は御, 攻無之、北の方へも京橋口へは御人數も不被向、只石川、兩京極, 元和元年五月七日, を, ○忠知, 忠高, ト政稱ス, 大坂城ノ, 山ヲ勝山, 要害, 岡山茶臼, 惣堀址, 三五四

割注

  • ○忠知
  • 忠高

頭注

  • ト政稱ス
  • 大坂城ノ
  • 山ヲ勝山
  • 要害
  • 岡山茶臼
  • 惣堀址

ノンブル

  • 三五四

注記 (26)

  • 1663,709,58,483ト唱候由ニ承候、
  • 844,701,67,2135辻迄町屋之裏通り一筋通りたる堤の如クなる道あり、道の北一段低キ
  • 1430,713,62,2098は平野川河内川巨鹿川の水一つニ落合、志貴の口ニ〓、又淀川大和川一
  • 613,705,66,2136町との間を抜、玉造に至る、此間所々打廻り、明に見へかたく候へ共、高下
  • 1194,700,67,2141要害無御座候、依之乾堀を堀土居を築、高津ゟ玉造迄外郭の要害を搆へ
  • 495,701,67,2126之樣子内外之分は相知居申候、何分右惣堀埋候ては、南表全要害無之ニ
  • 1079,698,65,2142是ヲ惣堀と名號候由、去年御和睦之砌、惣堀埋られ候と申ニ付、種々俗説
  • 963,704,65,2133〓有之候へとも、信用いたしかたく候、按、東横堀九郎介橋ゟ上本町札之
  • 1546,699,61,2135又按、大坂之城は無双之要害ニ〓、西北の方は、淀川の水筋ヲうけ、東の方
  • 380,698,68,2151付、大坂勢悉岡山天王寺之筋え出張いたし、三方の要害は、橋ヲ引舟を燒、
  • 1780,699,60,2134と號す、後世其形によつて茶臼山と呼、大坂御平均之後、二山共に御勝山
  • 1313,706,63,2130つニ落合候ニ付、三方は天成之堅固ニ〓、只南一方少の坂計ニふ、差たる
  • 728,700,68,2144處畑ニ相成申候、是舊時惣堀の埋跡と申傳候、夫ゟ東の方眞田山と木綿
  • 263,703,68,2141用ニ不立者共を番兵ニ差置候也、將軍家にも深キ御軍慮を以、東西は御
  • 147,705,66,1846攻無之、北の方へも京橋口へは御人數も不被向、只石川、兩京極
  • 1892,694,44,336元和元年五月七日
  • 170,2787,36,53
  • 189,2579,40,185○忠知
  • 146,2577,41,114忠高
  • 1730,264,40,157ト政稱ス
  • 1570,259,41,159大坂城ノ
  • 1774,258,39,168山ヲ勝山
  • 1526,258,40,84要害
  • 1819,258,40,168岡山茶臼
  • 964,261,42,124惣堀址
  • 1899,2417,41,122三五四

類似アイテム