『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.491

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有増、, 殿召連被參候へ共、天滿町ニも火懸り、又内町八軒屋之あたりも燒申ニ付、, 京極殿ゟ主殿樣へ使を越被申候は、私儀遲ク參、小屋場無之候間、少可被下, 參候故、小屋無御座處ニ、小屋ヲ被下忝存候由、, ふも、ケ樣之時は御借可被成之由御意被成候へは、春日又三郎是ヲ承り、御, 候〓、是ゟ跡ヲ京極殿え相渡候へと御意被成候處ニ、春日又三郎申上候は、, 極殿ゟ小屋をもらはれ候間、御本陣ヲ望申候由、御自分ニは野陣ニ被戎候, 尤ニ奉存候由御請申上候と、春日直口如此御座候、扨翌日京極殿ゟ使者に, て御禮状參候、文躰も春日は見申候由にて咄申候、京極殿ゟの御状之文躰, 座候由、主殿樣へ申上候へは、御意被成候は、我等一番に乘込候へはこそ京, り燒上り申候、主殿樣下々小者足輕ははや食ヲこしらへ申候、其時分京極, 今日深田ヲ乘り、骨を折參候者共ニ、只今小屋替被仰付候は御無理にて御, 右之御文躰にて御状參候間、其御状可有御座候、, 昨日者御指圖ヲ以きれとヲ越、家中之者共ニ高名いたさせ忝存候、扨又遲, 由申來候付、主殿樣家中へ御觸被成候は、家一軒ニ馬乘二騎三騎ツゝ罷在, 總ニ陣地, 京極隊忠, ヲ借ル, 元和元年五月七日, 四九一

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  • 總ニ陣地
  • 京極隊忠
  • ヲ借ル

  • 元和元年五月七日

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  • 四九一

注記 (20)

  • 639,618,57,142有増、
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