『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.861

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アルヘキ歟不詳、, ル打死ヲトゲタリ、尤モ勇士ト云ベキナリ、, カ弟子ニテ、免印可迄キワメタルモノハ我也、一番ノ馬ニノリテ、一番ノ上, 手ノ乘形ニテ、心ハ一番ニ志スウヘハ、誰ニテモ我ヨリ先ヲカクルモノハ, ヒロキヿヲ云、誰カ其ノ方計ニ一番ヲイタサスベキト云ケレハ、助十郎答, シケルハ、今日ノ一番ハ、誰ニデモ不可有我也ト云、水野田宮申シケルハ、口, ヘケルハ、御邊達ヨクキヽ候ヘ、今度各カ内ニテ一番ノ馬ワ我馬也、吉之丞, いへは、兩人云けるは、馬はよし人よりハ早く乘て、又足力は達者なれは、跡, には居られまし、左あらは自一番にて可有といふ、果して兩人共に討死、, アルマシキト云ケルカ、其ノ言ノ如ク、一番ニ乘出シ、敵ノ陣ニ乘入テ、晴ナ, から、駿河を出る時、今度ハ一番に進むへしと推參なる事を云、誰か後んと, ○以下水野忠清組ノコトニ係ル、, 供トアリ、是ヲ以テ見レハ、御覺書ニ御家人名前ノ内ニモ、此與力ノ名モ, 師曰、大坂夏御陣ニ、水野隼人正組ニテ、松平助十郎申, 水野隼人組ニ〓、山口小平太、松平助十郎兩人な, 〔永日記〕, 〔山鹿語類〕, ○上略、青山忠俊, 組ノコト二係〃, 二十七, 士談六, 勝一番乘, 山口小平, 太松平正, ヲ期ス, 松平正勝, 一番乘ヲ, 志ス, 元和元年五月七日, 八六一

割注

  • ○上略、青山忠俊
  • 組ノコト二係〃
  • 二十七
  • 士談六

頭注

  • 勝一番乘
  • 山口小平
  • 太松平正
  • ヲ期ス
  • 松平正勝
  • 一番乘ヲ
  • 志ス

  • 元和元年五月七日

ノンブル

  • 八六一

注記 (30)

  • 1817,695,58,488アルヘキ歟不詳、
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