『大日本史料』 12編 21 元和元年六月~同年閏六月 p.173

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の者ともを一〳〵いましむべきとおもひしに、口をしき次第也と、聊臆せ, ゆへ、手もなく生捕、二條の御城へ引て參り、駒寄にくゝり置て、見るもの夥, 身にかへても申宥むへしと念比にすつしたり、道軒き太兵衞とみるや否, し氣色もなし、其のち終に首を刎らる、太兵衞、金三郎へは、道軒を生捕し事, たるものとも覺へぬものゝいゝやふ也、か手てく我をいましめしよふに、の, れは、少し猶豫したるを、太兵衞聲を立けれは、金三郎飛來りて道軒に組み, 壹人の働きにて生捕事は成まじきに、金三郎と兩人にて精力を出したる, し、皆いふ、道軒き聞及ひしよりも大男なりと、道軒聞て申たるき、流石に士, や、討て捨んと思ひしか、太兵衞別に敵すへき躰もなく、面はらか成ものな, 太兵衞と兩人して、終に生捕たり、道軒き大力量の者なれは、中〳〵太兵衞, 兼定なり、此とき御加増あ〓て、六百石の釆地を下さる、奉書に小林太兵衞, を感し思し召との御奉書を下さるゝ、道軒か差たる刀を金三郎へ下され、, を誤りて、尾林田兵衞と認らるゝとなり、上ニ同、, 脇指をば太兵衞へ下さる、今に太兵衞か家に脇さし奉書あり、脇さしは關, とき知る人なれは、道軒へ申けるは、某義、近年大御所へ仕ふれば、御身の事, ○中川, 重興話, 元和元年六月二十七日, 一七三

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